明の時代のことですじゃあ。
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江一麟というひと、福建の小さな町の知事として赴任したのは四年前。
孜々として善政を施して任期を終え、その間の治績を高く評価されて北京で新たな官職に就くこととなった。
四年の任期の間、何一つ不正を行わなかった江知事だが、一方で質素な生活を営んでいたから、蓄えがちょうど銀二十両あったので、この半額の十両を示して州の住民に大運河を北行するための中古の舟を求めたのであった。
州民たちは、恵み深い江知事が栄転されるというので、かつは悲しみ、かつは喜びつつ中古の舟を準備してくれた。
及登舟、見修理整備、問所費。
舟に登るに及んで修理整備を見て費やすところを問う。
舟に乗ろうというときになって、江知事はその舟がずいぶん立派に整備されていることに気づいて、州民に実際の整備費用を問うた。
民は口々に
「御予算どおりに十両でございます」
と答えたが、江は納得せず、あちこちの工費を厳密に計算しなおしてみたところ、
実倍之。
実はこれに倍す。
確認できたかぎり、十両の倍かかっていることがわかった。
そこで、残り十両の蓄えから六両を取り出し、これに加えて、北京への土産のつもりであった
取扇三十柄、墨二斤。
扇三十柄と墨二斤を取る。
三十本の扇子と二斤(1.2キログラム)を荷物の中から取り出した。
州民はぶりぶりと首を横に振り、
「滅相もございませぬ。知事さまからこれまでいただいた善政の数々、十両や二十両の金銀と釣り合うものではございませぬ」
と受け取りを拒否したが、江は無理強いにこれを取らせた。
知事の心意気に州民たちが涙ぐんでいると、先に舟に上がっておられた知事の夫人が船べりから顔をお出しになり、知事に向かっておっしゃるには、
既知十両、即当如数償之。而別以扇墨酬其労可也。何靳此。
既に十両なるを知れば即ちまさに数のごとくこれに償うべし。しかして別に扇墨を以てその労に酬いるは可なり。何ぞかくのごとく靳(しわ)きか。
「靳」(キン)は本来鎧の胸当てをいうが、「吝」(りん、「ケチる」)の意もある。
「(不足分が)十両だとおわかりになりますれば、即座にそのとおりにお払いになればよろしいのに。その上で、扇と墨でみなさまのお働きに酬いればよいこと。どうしてあなたは、(四両分を扇と墨でごまかそうなどと)ケチなことをいたしますのかしら?」
公面発頳。
公の面、頳(テイ)を発す。
江知事の顔は真っ赤になった。
「く・・・」
すぐさま金袋から残っていた四両を取り出すと、州民たちに与えようとしたのである。
州民たちは激しく拒んだが、
公怒曰、乃使我不如一婦人耶。
公怒りて曰く、なんじ、我をして一婦人に如かざらしむるか。
知事は怒鳴った。
「お、おまえたちは、わ、わしを、おんなにも劣るニンゲンにさせたいというのか!」
そして、四両を州民たちの前にばらまくと、そのまま舟に乗り、ともづなを解かせたのであった。
ああ。
知事の州民への支払いは立派なものであった。しかし、おくさまはそれでも飽き足らぬと思い、知事はそれを聞いて女に負けてはならぬとさらに支払ったのである。
其平日之善善相規、施徳于民者何尽哉。
その平日の善・善の相規し、徳を民に施すこと、何ぞ尽きんや。
お二人の日頃から、善の心と善の心であい戒めあい、その結果として徳を人民に施すこと、どこに限界があろうか(、限界などない)。
すばらしいことではないかね。すばらしいことではないかね。
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清・龔煒「巣林筆談」巻二による。
む。むむ・・・。実にいろいろなことを考えさせられるお話ではないかね。お話ではないかね。