四月のこと。
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金華の武康山のふもとで、
有巨羊与虎闘。
巨羊と虎と闘うあり。
巨大なヒツジとトラが戦うことがあった。
―――みなさん、どちらが勝ったとお思いですかな。
うほうほ。
一日夜不分勝負。
一日夜勝負を分ぜず。
一昼夜の間、勝負がつかなかった。
そうなのです。
しかし、二日目になるとようやくヒツジの方が分が悪くなり、ついに人里に逃げ込んだのだった。
トラをそれを見ると、ひと声勝ち誇ったように吼えて山の中に帰って行った。
人民どもは
以羊体大過牛、目所不経見、縛送県。
羊の体の大なること牛に過ぎ、目の経て見ざるところなるを以て、縛りて県に送る。
そのヒツジの巨大なることに驚いた。ウシよりもはるかに巨大なのである。見たこともない大きさだ。自分たちで処分しきれないと考え、縛りあげえ県庁に持ってきた。
役人たちもまたその大きさに驚き、またトラと一昼夜の間戦ったという事実にどう処理していいかわからないでいたが、一人が
頸間懸一銅牌、字模糊不可弁。
頸間に一銅牌の懸り、字、模糊として弁ずべからざる。
クビのところに一枚の銅製のカードが懸けてあり、そこに文字が刻まれていたようなのだが、もはやぼんやりとして読めなくなっている。
のに気づいた。
「こ、これは―――
想已逾千年。
すでに千年を逾(こ)ゆならんと想う。
もしかしたら、千年前の(唐の玄宗皇帝時代に宮中に飼われていた)動物ではなかろうか」
そこで、県庁でもこのヒツジを解放することにした。
ところが、ヒツジはニンゲンに馴れているものらしく、県都の大門のところまで引いて行っても恋々として去ろうとしない。
なんとか鞭打ってこれを追い払ったのだが・・・・
次早又至、又次日復至。
次早また至り、また次日また至る。
次の日の朝になるとまた門のところにきていた。その次の日も同様であった。
その都度追い払ったので、三日目にはさすがに姿を見せなくなった。
おそらくニンゲンの手でトラから救われたものと考えて、恩義を感じてすぐには立ち去らなかったものであろう。
今之人往往有受恩反噬者。
今のひと、往々にして恩を受けて反って噬する者あり。
ゲンダイ人には、恩義を受けておいてかえってかみつくような忘恩の徒が多いものである。
このヒツジに対して恥ずかしい、とは思わぬのであろうか。
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清・董蒼水「三岡識略」巻十補遺より。康熙三十一年(1692)四月のことだそうであるから、319年前である。当時のゲンダイにはヒツジに対して恥ずべきひとがたくさんいたようですが、今のゲンダイではこんな恥ずかしいひとはいないでしょう。ゲンダイの方が進歩したのですね。