平成23年4月15日(金)  目次へ  前回に戻る

 

こうしている間にもアレは漏れているのだろう。

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湖南長沙のひとであるわたし(←肝冷斎にあらず、清の周寿昌というひとである)はこの間カントンに行ってきた。

いろいろ珍しい見聞をしたが、中でも不思議な器械が二つあったことをご報告したい。

1.画小照(影採り器)

まず人を東向きに椅子に座らせる。その前に一種の「鏡」を置き、術士がその鏡を操作してその人の「影」を「鏡」に写し取るのである。

その器械は、

不令泄気。

気を泄らしめず。

密閉した箱になっている。

術士はこの箱に薬を塗った「鏡」を嵌め込み、ここに人の「影」を写し取るのだが、

鬚眉衣服畢見、神情酷肖。

鬚眉・衣服畢べて見われ、神情酷めて肖る。

ヒゲ、眉毛、着ているものなどすべてはっきりと写し取り、心構えや感情まできわめてそっくりなのである。

不思議である。

その「鏡」が壊れないかぎり、「影」は長く留まり、年老いることがないといい、あるいはそのひとが亡くなった後でもその姿が残る、ともいう。

その術を行う術士は闇や雨を嫌がり、

取影必辰巳時、必天晴日有。

影を取るには必ず辰巳の時、必ず天に晴日有り。

「影」を写し取るのは、必ず午前十時前後で、必ず晴れて日の出ているときのみである。

というのも不思議なことだ。

2.「薬雷」(液体カミナリ)

縦横一尺ばかり、高さ数寸の木箱に水を詰める。木箱の外には木製の取っ手が二つ。この取っ手の間には鉄線が張り渡されている。

術士は、ひとをしてこの取っ手を左右の手で握らせるのである。

すると、そのひとは

周身震動。雖力大者不勝。

周身震動す。力大なるものといえども勝(た)えず。

体中がぶるぶると震え出すのだ。どんなに力自慢のものでもがまんすることができない。

放一手即止。

一手を放てばすなわち止む。

一方の手を取ってから離せば震えは即座に止まる。

不思議である。

三人のひとを連れてくる。男女・老若いずれでもよい。

右のひとに右手で右の取っ手を握らせ、左のひとに左の取っ手を握らせる。その時点ではどうともないのだが、もう一人をその二人の間に入らせ、それぞれの空いた方の手を握らせると、三人とも震え始めるのである。

以次加至十人百人皆然。

次を以て加えて十人・百人に至るもみな然り。

さらに人を加えて、十人、百人にしても、同じことが起こるのである。

この器械があれば、カントン以外のほかの省でも同じことが起こるという。けだし、天下の気は共通であるからだ。

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周寿昌「思益堂日札」より。19世紀シナ文明は偉大ですね。ゲンダイ日本にもこれぐらいの科学力があればアレも密閉できたかもしれんですのになあ。

 

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