ハアハア・・・
わーい、PCが動いた動いた。
昨日は三十年来の導師的存在であられるヘッポコピーさんと会食した。その喜びなどを書いて更新したかったが、PCさまがダメだったのです。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
一昨日の続きです。
方栄升は嘉慶十九年(1814)秋八月に、仲間たちと謀って
九蓮金印
を作り、これを九匹の龍が捧げ持つ箱に収めて、
云俟三年後坐朝問道時啓用。
云うに、三年後に朝に坐して道を問うの時を俟ちて啓き用いん、と。
「三年後、朝廷を開く場に座って、(わしに)世界の常道を質問するときに、これを開けて(中の印を)用いるがよいぞ」
と教え諭した。
ここにおいてその志は定まったのだ。
十月十五日、李喬林という信者のひとりである富豪の家に主だった仲間を集め、香華を焚いてこの印の入った箱を礼拝し、次いで、十万余の星の名を記した書(1月12日記事の「9」を参照)を火にくべると、その紙の燃えていくのを見ながら、
使諸星宿降附人身。
諸星宿をして人身に降附せしむ。
「もろもろの星と星座の精を天上から下して、(おまえたちを含む)人民の体に入れた。
おまえたちは、運命の星であり、さらに十万の仲間たちがこの黄土に待っているのだ!」
と宣言したのである。
さて。
類は友を呼ぶ、と申しましょうか。
さらにここで、
三醮婦・李玉蓮
なるおんなが登場したのだ。
三醮婦(さんしょう・ふ)というのであるから、三回結婚したことが自慢らしいが、ぶよぶよと太っているだけが特徴のようなおんなである。
このおんな、方栄升の教団とは別に、
自称懐孕者乃弥勒仏。
自ら、懐孕するものはすなわち弥勒仏なり、と称す。
自分のハラがこのようにぶよぶよと膨らんでいるのは、ずっと弥勒仏を宿しているからである、と称していた。
このおんなもまた多くの信者を集めていたのだが、その教団が方栄升の教団と合流したのである。
玉蓮は、
「あたいは以前天上世界にいたのだけどね、そのときこの男がたいへんな出世をする、ということになっていることを知ったんだよ」
と言い、方栄升の方も玉蓮を
開創聖母
宇宙を開く聖なる母
と称し、その出産の日を以て叛乱を起こすことに定めたのだった!
・・・しかし、なかなか出産しません。
玉蓮は単に太っているだけで、懐妊していたわけではないので当然です。
それでも、方栄升たちは玉蓮が出産するのを待っていた。そのうちに、その計画が両江総督府の探知するところとなった。
総督府は慎重に信者たちを内偵し、ついに嘉慶二十年八月十八日に一斉タイホに踏み切ったのである。
内偵によって罪状が詳細に明らかであったこともあって、九月十一日には早くも判決が出、
○首領:方栄升 ・・・ 極刑
○巨魁:朱上信、朱上忠 ・・・ 凌遅刑
○幹部:周智栄、趙順等十人 ・・・ 斬首
と定められた。
あわわ、凌遅刑って体を刳りぬき、バラバラにして「ゆっくり殺す」すごい刑罰ですよー。それを越える「極刑」というのはどういう刑罰なのでしょうかあ!興奮してきました。しかしいろいろ想像するが、凌遅刑以上のがなかなか想像できません。ハアハア。また勉強しておきます。ひひひ。
この方栄升というおとこ、眉根濃く巨大な目をした異相の人物であったが、刑場に入るとき、なおその妻を振り向いて
我等本在天上、原不肯下降。今仍回天上。此後断断不可再下降矣。
我等もと天上に在りて、もと下降を肯んぜず。今よりて天上に回(かえ)る。この後、断断ふたたび下降すべからず。
わしらはもともと天上におって、(天帝に命ぜられて)地上に降りてくるのはいやだなあ、と思っていたのであったなあ。今、こうして天上に戻ることになった。今後は、二度と地上に降りてこないことにしようなあ。
と言うていたという。
其謬妄如此。
その謬妄かくの如し。
彼の誤謬し、妄想すること、これほどであったのだ。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
以上。銭梅渓「履園叢書」巻十四より。おくさんも一緒に「極刑」を受けたのですね。ハアハア。