平成22年12月28日(火) 目次へ 前回に戻る
すごい男の話しをするぜ。
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晋の義煕年間(405〜418)のことだぜ。
新陽県では虎の害に苦しんでいた。
この県には巨大なけやきの木があり、その下に土地神さまの小さな祠があって、そのあたりに数百の民家があったのだが、
遭虎死者夕有一二。
虎に遭いて死する者、夕べに一二あり。
毎晩毎晩、トラにやられて死ぬ者が一人か二人は出たのである。
ために夕方になると民家は早めに門を閉ざし、また塀を乗り越えてトラが入ってきても家の中に入られないように、入り口や窓にも何重にも板戸をたてるのであった。
そうやって静まり返った宵の村に、一人のたびの僧が現れた。
僧は堅く閉ざされた門扉を叩いて一夜の宿を乞うたが、どこの家も門を叩く音が聴こえぬのか聴こえたのか、門を開いてはくれなかった。
「しかたがない」
僧は
径之樹下、通夜座禅。
樹下に径之し、通夜座禅す。
くだんの巨樹の下の祠の前まで行くと、一晩中座禅して過ごすことにした。
夜明け方、かなり遠いところではあるが、トラの吼える声が聞こえた。
それから、その声の聞こえた方で門を越え戸を破る物音と、人の叫び声が聞こえた。
それでも僧はじっと座禅を組んでいたが、しばらくすると、
虎負人而至。
虎、人を負いて至る。
トラが、襲われたひとを背中に乗せて、僧の座禅している前を通りかかった。
僧は座禅したまま、
「それを置いていくがいい。そうしたらよい話をしてやろう」
とトラに声をかけた。
声をかけられたトラは
如喜如驚。
喜ぶが如く驚くが如し。
喜んでいるようにもみえるし、びっくりしたようでもあった。
が、負うてきたひとを
投之樹北。
樹北に投ず。
巨樹の裏側に放り出した。
「よしよし、それではよい話をしてやるぞ」
トラは僧の前におとなしく座った。僧は
為説法授戒。
ために法を説き戒を授く。
トラに対して仏法の要諦を説き、してはならないことを教え示した。
虎踞地不動、有頃而去。
虎、地に踞(うずく)まりて動かず、有頃にして去る。
トラは地面にうずくまったままじっとして僧の説法に聞き入り、やがて静かに去って行った。
僧はトラが行くのを見送ると、置いていかれた人がまだ生きているのを確認して介抱してやった。
夜が明けると村人たちは夜中にトラの被害を受けた家を訪ねようとして、けやきの木の下に僧と被害者がいるのを発見し、そのいきさつを知って、
謂是神人、遂伝之一県。
これ神人なり、と謂い、遂にこれを一県に伝う。
「超人さまじゃ、超人さまじゃ」と言い合い、そのウワサはあっという間に郡中に知れ渡った。
ひとびとは巨樹の下の祠を除いてそこに小さな寺を建てるとこの僧に住持を頼み、
虎災由此而息。
虎災これよりして息(や)む。
(僧に戒めを受けた)トラも二度とわざわいをすることはなかった。
この僧、法安といい、一名を慈欽といい、俗名や生まれ育った地については一言も語らなかったが、師匠が名高い慧遠さまであることはつねづね人に言うて少し誇らしげであった。
後、不知所終。
後に終わるところを知らず。
その後、ふといなくなってしまい、どこで火化されたものか誰も知らない。
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と、「神僧伝」巻二に書いてあったぜ。ありがたやありがたや。トラは馬や牛とは違って説法の効果があるんですね。
「神僧伝」は元の時代に編まれたものだということだが、著者の名前は伝わらない。