平成22年11月16日(火) 目次へ 前回に戻る
つらいのです。
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あるひと、江蘇にある道教の聖地・穹窿山(いにしえ、神仙の赤松子が赤い石脂を採集して暮らしていたところと伝わる)にお参りした帰り、
見舟子撃一小蛇。
舟子の一小蛇を撃つを見る。
船頭が一匹の小さなヘビを打ち叩いているのを見た。
このひと、笑いながら船頭に
「これこれ、船頭さんよ、
蛇能索命、撃之者往往不祥。
蛇はよく命を索(もと)め、これを撃つ者往往にして不祥なり。
ヘビというのはなかなか死なないし、これを打ち叩くと往々にして悪いことが起こるというぞ。
気をつけなければなりませんぞ、あははは」
と声をかけたが、船頭さんの方は
「こいつらは潰しておかないと後でお客に害を為しますでなあ」
とマジメな顔をして答え、なお執念深くヘビを打ち潰し続けるのであった。
「そうですか、ははは」
そのひと、それ以上は止め立てすることもなく、にこにこしながらヘビの撃ち殺されるのを見つめていたのであった。
帰宅後、夜、枕元に
有一蛇人立而言。
一蛇人、立ちて言うあり。
ひとりのひとが立っていた。よく見るとそのひと、顔はヘビである。そのひとが「しゅうしゅう」と苦しそうな息をしながら言うのだ。
見死不救、何忍心耶。
死を見て救わざる、何ぞ心に忍びんや。
「殺されるのを見ていながらお救いくださらんとはのう・・・。どういうお心でおられたのかのう・・・」
「いや、わたしは、止めようとはしたのだが・・・」
と答えようとしたとき、蛇人の背後から、「ひゅん」と長い尾が伸び、
以尾撃其腮。
尾を以てその腮(サイ)を撃つ。
それがそのひとの顎をしたたかに打った。
「うわあ――――」
醒。覚而歯痛異常。
醒めたり。覚うるに歯痛異常なり。
―――目が醒めた。気づくと、おそろしく歯が痛いのである。
「ぐぐぐ・・・」
と呻っているうちに、
忽出黒血数升。
忽ち黒血数升を出だす。
突然、口から黒ずんだ血を数升も吐いた。
医者を呼んで診てもらったところ、
此蛇毒也。
これ、蛇毒なり。
「これは・・・ヘビに咬まれたのではないですかなあ」
との診立てである。
半年ほど治療して何とか癒えたが、
其人之家資已蕩然矣。
そのひとの家資、すでに蕩然たり。
そのひとの財産は、治療費のためにすっかり無くなってしまっていた。
というのである。
生半可な同情は、相手のためにもこちらのためにもならぬ。このこと、よく心するがよい。
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清・銭泳「履園叢話」第二十二より。そうかも知れません。が、少しは同情してほしい気もしたりする。