平成22年9月15日(水) 目次へ 前回に戻る
昨日の続き。
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○「糊塗官」第二話
江蘇の某という役人、太倉府の令を兼ねたことがあった。
府庁の政堂で裁判を行っていたところ、突然、ひとりの男が政堂に駆け上がってきて、
訴子業剃頭而忤逆者。
子の剃頭を業として忤逆する者を訴う。
自分の子どもで、理髪を業としている者が、父である自分に逆らい歯向かうので何とかして欲しい、と訴え出てきたのだった。
某は厳粛な裁判の最中に訴え出てくるのは「涜擾」(とくじょう)、すなわち神聖な公務を汚し騒がす行為である、として叱責の上追い出してしまった。
裁判を終えて、政堂を下り、自室に戻る。
一服する。
・・・・と、そこで、
忽憶有剃頭父呈忤逆事。
忽ち、剃頭の父の忤逆を呈する事の有りしを憶えり。
ふと、理髪業者のおやじが子どもに逆らわれて困っているという事案を持ち込んでいたのを思い出した。
「忘れるところであった。父親に歯向かうということは、皇帝に反逆を起こすのと同じである。まったくおそろしいことじゃ」
某府令は早速、裁判を再び開廷するよう命じるとともに
令役速将在署剃頭之人縛至。
役をして速やかに署に在る剃頭の人を将いて縛りて至らしむ。
下役人に指令して、すぐに役所内の理髪室に勤めている理髪人を捕縛して、引き出させたのである。
府令は政堂に昇り、その左右に書役といわれる吏がずらりと並ぶところへ、役所お雇いの顔なじみの理髪人が引き出されてきた。
府令、
大怒曰、爾奈何忤逆其父。
大いに怒りて曰く、「なんじ、いかんぞその父に忤逆すか」と。
激怒して、「おまえはどうしておやじさまに歯向かおうとするのだ!」と怒鳴りつけた。
そして、むち打ち百の罰を申し渡したのである。
「ちょ、ちょっとお待ちくだされ!」
理髪人は叫んだ。
小人寔係早年喪父者。
小人は寔(まこと)に早年に父を喪うに係る者なり。
「わ、わたしは、幼いころに父を亡くしております、どうやって父に歯向かうことができましょうや!」
そう言われて、某府令はやっと気づいたようで、
「な、なんじゃ、理髪人にも父親に歯向かわない者もいたのか・・・」
と弁解した。
満堂書役皆匿笑而散。
満堂の書役、みな笑いを匿して散ず。
ずらりと並んでいた書記たちは、みな笑いを押し隠しながら退廷したものであった。
あっはっは。
これはおかしいなあ。
以上、「糊塗官」(ぼんくら官僚)のお話終わり。
――――そうそう、そういえば、であるが、思い出したことがあるので付け加えておく。
黔中苗人称天子為京裏老皇帝、称大小官府皆曰皇帝、其私称官府則曰矇。
黔中(けんちゅう)の苗人、天子を称して「京裏老皇帝」と称し、大小官府を称してみな「皇帝」と曰い、その私に官府を称するにすなわち「矇」(もう)と曰う。
湖南の苗族のひとたちは、天子さまのことを「都にお見えの巨大皇帝」と呼び、それ以外のお役所の漢人の役人をみな「皇帝」と呼ぶのであるが、自分たちの間でその役人のことをひそかに言うときには、「目の見えないやつ」と呼んでいたぞ。
また、
粤西猫人称官府曰瞎。
粤西の猫人は官府を称して「瞎」(カツ)と曰う。
広西のミャオ族のひとたちは漢人役人を「片目やろう」と呼んでいたなあ。
ああ、「矇」(目の見えないやつ)といい「瞎」(片目)という。一字でみごとに評価したものではないか。
ところで、もう一つ思い出したのであるが、ある華北出身の役人が(華南の)淮安の令に任ぜられたときのことである。
民有控鶏姦者、訴曰将男作女。
民に鶏姦者を控するありて、訴えて曰く「将男作女」(男を将いて女と作す)と。
人民に男色者を通報する者があった。そこで彼から口頭での訴えを聞いたところ、「ちゃんなんしあゆい」(男を引っ張ってきて女として扱うのでございます)という。
男色のことを「鶏姦」というのは、「男の下半身を女として扱う」ということを示す「田」の下に「女」と書く字があり、これを「ケイ」と読んだ、滅多に使う文字でないので使われなくなって「鶏」(ケイ)という字を宛てたのだ、と袁随園先生が言っている(「随園随筆」)のですが、本当かどうか、確認中。
さて、華北出身の役人は、その言葉を聞いて首をひねった。
「な、なんじゃ? それは?」
訴人はけげんそうに
「府令さまは「ちゃんなんしあゆい」をご存知ないのですか?」
と言うたので、府令、
「本官を愚弄するか」
と怒った。
江南下雨、与爾江北何干。
「江南下雨」(江南に雨下る)というは、なんじの江北なると何の干あるぞ。
「ちゃんなんしあゆい」(江の南に雨が降りました)というが、おまえは江の北に住んでおる。一体なんの関係があるのじゃ!
これを聞いて、
衆為哄堂大笑。
衆ために哄堂して大笑す。
列座の者たちは、一堂大声出して大笑いした。
あっはっはっは。
これもおかしいなあ。
しかし、これは「ぼんくら官僚」ではなく、
語音之誤。
語音の誤りなり。
方言による聞き違いのせいである。
その証拠にこの華北出身の府令は自分の聞き違いを教えられると、頭をかきながらきちんと裁判をしたのである。
非二公之倫矣。
二公の倫にあらざるなり。
昨日の秦某や理髪人を捕らえた某の二人の仲間とはいえないであろう。
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「庸闕ヨ筆記」巻八より。ああおもしろかった。ですよね、みなさんも。ちなみに「将男作女」と「江南下雨」の読みは「だいたいこんなところではないか」と勝手に想像しただけなので、違ったら怒ってください。シナ本土のひとに読まれる心配は無い(昨日の記述参照)ので安心だと思いますけどね。