平成22年9月14日(火) 目次へ 前回に戻る
事をあいまいにして、真実を誤魔化す。これを「糊塗する」といいます。(糊を塗りたくって誤魔化す、という意味ではなく「渾沌」(こんとん)や「忽突」「鶻突」(こつとつ)という語と同じく、あいまい・ぼんやり、という意味の古代語の「当て字」らしい。)
かつて宋の太宗皇帝は呂端を宰相にしようとした。あるひとが進言していう、
呂端為人糊塗。
呂端、人となり糊塗なり。
呂端は、表面を飾って誤魔化そうとるタイプのやつですぞ。
すると太宗は、
端小事糊塗、大事不糊塗。
端は小事には糊塗するも大事には糊塗せず。
呂端のやつは、小さなことは誤魔化すが、大きなことは誤魔化そうとせぬ。
と答えて、人事を強行したのだそうでございますが・・・。(宋史・呂端伝)
さて、「糊塗」は単にあいまいにする、誤魔化す、という意味から派生して、清代には「おろかもの」「ぼんくら」の意味に使われるようになります。そして、買官にせよ世襲にせよ試験採用にせよ「資格」は持っているのですが、人民を相手に政治を行うような「資質」に欠けるような「ぼんくら官僚」のことを「糊塗官」といったそうなのでございます。
この「糊塗官」について、今日と明日の二回に分けて論じることといたします。
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○「糊塗官」第一話
千年の修行を積んだ白蛇が美しいにょにん・白素貞となりまして、許仙という名の若い書生と恋におちいる。
ところが許仙は白素貞がヘビの化身であると知っていとわしく思うようになり、彼女を避けているうちに病死してしまいました。白素貞は崑崙山に入って死者を甦らせる薬を盗み出し、大立ち回りの末に地上に返って許仙を生き返らせる。しかし、彼女の霊力を懼れる高僧によって揚州・雷峰塔に封じ込まれ、塔が崩れるときまでそこから自由になることはない・・・・・・という、東洋のメリジューヌを描いた戯曲「雷峰塔伝奇」(我が国では「白蛇伝」というた方が通るであろう)は清の半ばごろに完成したのだそうです。
そのころ、福建の秦某という者、莆田の県令となった。
正月、役所にて新年の宴を開き、演劇を行う。
演じられたのは「雷峰塔伝奇」。
許仙が白素貞のへびであるのを嫌がって、彼女の純情をふみにじる段にいたるや、
秦、忽大怒。
秦、たちまち大怒す。
県令の秦は、突然、大いに起こり始めたのであった。
「なんという薄情なおとこじゃ。許せん!」
役所の下役人に命じて、
執許仙下堂笞之。
許仙を執らえて堂より下し、これを笞(むちう)たしむ。
許仙を取り押さえて舞台から下し、ムチで打つように命じたのである。
許仙は抵抗して、
某戯子、非許仙。
某は戯子なり、許仙にはあらず。
わたくしはただの俳優でございます。(許仙の役をしているだけで、)許仙本人ではござりませぬ。
と訴えたのであるが、秦県令は
「あたりまえじゃ、
吾原知爾戯子。若真許仙、則笞死矣。
吾、もとより爾の戯子なるを知る。もし真に許仙ならば、すなわち笞死せん。
わしは当然、おまえがただの俳優であるのを知っておる。もし本当に許仙本人であれば、死ぬまでむち打ってくれようところじゃ」
と言うたということである。
わっはっは。
一時伝以為笑。
一時伝えて以て笑いと為す。
当時はみなこのことをうわさしあって笑い話としていたものである。
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いやあ、おかしいなあ。明日は第二話をご紹介します。「庸闕ヨ筆記」巻八より。
ところで、以下はまったくの余談ですが、揚州・雷峰塔について。
この塔は五代の呉越王の建てるところ、「雷峰塔伝奇」では白素貞を救うため青蛇の精霊が塔を壊してしまうことになっているのですが、実際には20世紀まで建っていた。雷峰塔のレンガが邪悪なモノを封じる力があると信じた人民たち(に転売する人民たちを含む)がレンガを少しづつ盗んでいるうちに、民国十三年(1924年)のある日、とうとう崩壊してしまったのである。
文化財に対する考え方がわれわれとは違うのですから彼らにしては当たり前だと思うのでしょうが、わたしなどひどい話だと思うのですが、かつての「進歩的知識人」は、人民たちがひとりひとりは力弱くても、(山を移すの愚公のごとく)少しづつ少しづつ権力(の象徴たる雷峰塔)を切り崩し、ついにこれを崩壊させて、人民英雄である白素貞を救い出し、あわせて封建主義や資本主義のクビキからついに自分たちを解放することの予兆である、みたいな解釈をしていたような、ないような・・・。というわけで、1980年ごろからずっと雷峰塔は廃墟になっている、と認識していたのですが、2002年にコンクリで再建(復原とは言い難いらしい)されて観光資源になっているそうです。人民英雄たちはまた捉われたのかな? ちなみに、ほんとかどうか知りませんが、このHP,シナ本土からはアクセス禁止になっているらしいという情報があります。ほんとだとしたら、「向こうのニホン語わかるひとが間違ってアクセスして読んでしまって傷ついたりしないものか」などと気兼ねせずにいろいろ書けるので、うれしいです。