平成22年8月31日(火)  目次へ  前回に戻る

唐のころのことらしいのですが・・・。

補鍋匠(ナベ直しの職人)がおった。

どこの生まれか、どういう経歴のひとか、まったく誰も知らなかったが、つねに夔州(四川省)から慶州(甘粛省)あたりの村々を経巡って、民家のナベを直しては薄謝を得て暮らしていた。

彼はもう相当の年齢であったが、

所至不過三日、必去。

至るところ三日を過ぎずして必ず去る。

どこにも三日以上滞在することはなく、次の町へ村へと旅立って行く。

という生活を送っていた。

旅の途上で、ナベの直し方を教わりたいという者があると、誰にでも教えた。

そして、

不索謝但令負担従。

謝を索(もと)めず、ただ負担して従わしむのみ。

謝礼を求めることはなかった。ただ、そのひとに自分の荷物を背負わせて次の町まで送らせるだけであった。

ところで、同じころ、馮翁というひとがいた。

このひともたいへんな年寄りであったが、時おり長安の市街に現われて何をするのでもないのだが、市場などに一日いる。

何をくれるというわけでもないのだが、子猫や子犬はそのまわりに集まってうずくまり、子どもたちはそのまわりに集まって遊び、女たちはそのまわりに集まって世間話に興じるのである。

ある日、市場で、この馮翁と補鍋翁が出会った。

相顧愕然、已復相持哭。

相顧みて愕然とし、已みてまた相持して哭す。

二人はお互いを見詰め合って愕然としていたが、しばらくすると今度は抱き合って泣きはじめた。

哭已乃相牽入深山中。

哭すること已みてすなわち相牽いて深山中に入る。

泣き止むと、やがてお互いに手をとりあって山の中深くに入って行ったのだった。

それきり、二人とも姿を見せることはなかった。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

ああ。二人は古い友人同士なのか。あるいは水原と三原、広岡さんと長嶋さん、●んさんと●●わさんか知らねども、長い恩讐の彼方に出会ったのでしょうかねえ。

わしも明日で月も変わりますし、そろそろおいとまを・・・。

「元明事類鈔」巻十八より。もと「卓異記」に出るという。「元明事類鈔」は本来元・明の時代の事件を収集・分類した類書なのですが、「卓異記」は唐の盛んなるころのことを記した小説集なので、これは唐の時代のことなのであろう。

 

表紙へ  次へ