平成22年7月28日(水) 目次へ 前回に戻る
李予亨の語ったこと。
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わたくしと同郷の張澱山さまが浙江・温州に赴任したときのこと、張さまは赴任の日程に遅れないように先行されたため、最後の日は奥様の陸夫人と二人のお嬢様だけが馬車に乗り、ほかには侍女と老僕数人だけという一行で移動されることになってしまった。
温州まであと数十里(シナ里であるからあと10〜20キロぐらい)というところで、日も暮れかかってきたため、どこかで一休みだけでもしたいものと言い合っていたところ、
俄見火光隠隠若人居。
にわかに火光隠々として人の居のごときを見る。
ふと、灯火がちらちらと見えた。どうやら人家があるようである。
「これは助かったのう」
と老僕を使いにしてその家にやり、しばらく休憩させてほしいと申し入れさせた。
家には、
一老嫗方擁鑪、一少婦方織紝。
一老嫗まさに鑪(ロ)を擁し、一少婦まさに織紝(しょくじん)す。
いろりの前の老婆と、はたおりをしている若い女、の二人だけがいた。
「ああ・・・それは・・・それは・・・お困りで・・・ございましょうなあ・・・」
老婆は門を開けて一行を迎え入れてくれた。
夫人及二女下車進休、坐未定、嫗顧謂婦曰、何不治茗以献。
夫人及び二女、下車して休に進み、坐いまだ定まらざるに、嫗、婦を顧て謂いて曰く、「何ぞ茗を治めて以て献ぜざるや」と。
奥様と二人のお嬢様が休憩のため車を下り、室内に入ってまだ座りかけの時、老婆は若い女に向かって
「お茶をお入れして差し上げなされ」
と命じた。
諾。
「わかりました」
と答えて女は無表情に織台を離れ、
汲水挙火。
水を汲み、火を挙ぐ。
湯沸しに水を汲み入れ、これをいろりにかけた。
そして、いろりの側に座ると、ぽきり、ぽきり、と
乃以両足代薪。
すなわち両足を以て薪に代う。
自分の両足を折りとって、焚き木の代わりにいろりの中にくべたのである。
奥様と二人のお嬢様、それにおつきの侍女は、それを見て、目を瞠った。
しかし、声も出ない。
両足の無くなった若い女は、驚いて身動きもならぬ客人たちの方に向き直ると、
「ようこそ」
と短く言って、そして、にこり―――と笑った!
きゃーーーーーーーーー!
侍女大呼。
侍女大呼す。
侍女が、耐え切れずに大声で叫んだのである。
すると、家のまわりから、
ぎゃーーーーーーーーー!
と、侍女の叫びに応えるかのように
亦群声大呼。
また群声大呼す。
多数のひとの大声で叫ぶ声が聞こえたのだ。
同時に、
屋宇器什泯然無迹。
屋宇器什、泯然(びんぜん)として迹無し。
建物も家具類もすべて跡形無く消えてしまったのである。
気がつくと、
惟存空林而已。
ただ空林の存するのみ。
そこは何もない林の中であった。
信じられないようなお話であるが、奥様の下のお嬢様がわたしの学友の趙吾縁の祖母に当たられ、その方から趙くんとともに親しく聴いた話である。
だから、
非妄。
妄にあらず。
ほんとうのことである。
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それならほんとうのことでしょうなあ。「戒庵老人漫筆」巻八より。
これが書かれたのが十六世紀の終わりごろ(萬暦の十年代)なので、そのころ老齢であった戒庵老人が老人仲間から聞き及んできたことだとすると、老人が幼いころに学友の祖母から、祖母の幼いころの話として聞かされたこと、ということになるので、百年ぐらい前、十五世紀末ごろのことなのではなかろうか。一休さんのころですね。