←これも粘菌かも。
興味深いお話がありましたので、読んでみる。清の康煕年間(1662〜1722)のひと劉廷璣の思い出話なので、17世紀の前半、明の末ころの事件ではないかと思われる。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
母方の祖母がまだ元気だったころに聞いた話である。
祖母の実家は地方の素封家で、その家には多くの蔵があった。それぞれの蔵にはいろんなものが入っていて、その収蔵物は係の下僕が管理していたという。
その年、古いコメを入れてあった一番奥の蔵は一年余り閉ざされたままになっていたが、秋の収穫を終えて、古いコメを食用に回し、新しいコメと入れ替えることになって、作業員たちを引き連れて下僕の一人が蔵の扉を開けたのだそうだ・・・・。
コメの気のむんむんする中、作業員の一人が下僕に向かって、奥の一画を指差して言った。
「あ、あれは・・・」
見ると、蔵の奥の暗闇の中に、
見梁上一人、頭垂向下、赤身倒掛。
梁上に一人、頭を下に向かいて垂れ、赤身にて倒掛するを見る。
梁(横に渡した柱)から、すっぱだかのヒトが、頭を下にしてぶらさがっているらしいのが見えた。
「うわ、な、なにものじゃ・・・」
下僕は驚き、ちょうど盗賊か何かが入り込んだところへ自分たちが来合わせて逃げ出せずにいるのかと疑って、身構えたのであった。
ところが、蔵の中の暗さに目が慣れてくると、もっと驚いた。
審視而半截蔵於梁内。
審らかに視るに、半截は梁内に蔵さる。
よくよく見てみると、そのヒトは、(頭から腰ぐらいまでは見えるのだが、下)半身は梁の木材の中に入り込んでいるのだ。
「う、うわー、な、なんだこれはー!」
大いに驚いて叫び声を上げたので、屋敷中のひとが集まってきた。
及人稍出避、彼又開眼看人、両臂在外、両手尚在梁内。
人のやや出避するに及んで、彼また開眼して人を看る。両臂外に在るも、両手なお梁内に在り。
多くのひとが出てきてじろじろ見るようになると、そのヒトもゆっくりと目を開いて(それまでは目を閉じていたのだそうだ)、じろりと集まったひとびとを見たそうである。両方の腕ははっきりと梁からぶらさがっているのだが、手首から先なまだ梁の中に入っていたのだった。
「うひゃー、これは何者であろうか」
家中だけでなく村中大騒ぎになり、さらに近隣からもひとが集まってきた。
そのウワサは州の役所にも聞こえたらしく、やがて州から巡検の武官が一隊の兵士を率いて遣わされてきた。
まだ若そうな武官は、家人の案内で蔵に入り、そのヒトを見上げた。
そのヒトも武官をじろりと見る。
「うむう、面妖な・・・。いずれにしろ妖怪であるには間違いない」
武官は兵士に命じて、
先試以槍刺之。
まず試みに槍を以てこれを刺す。
まずは試しに、と、槍でこのヒトを刺させてみた。
すると、そのヒトの顔は悲しげに歪み、そのヒトの咽喉からは絞り出されるように声が出た。
声如嬰児、血出如注。
声は嬰児の如く、血の出づること注ぐが如し。
その声はまるで赤ん坊の泣き声のようであった。そして、槍に刺されたところからは、血が注ぐように流れ落ちた。
「むむう・・・、ええい、刀で切ってしまえ」
そこで兵士らは刀を出して、数人で寄って集ってそのひとを切り刻んだのである。
見ていた家人たちは、
「ふにゃあ、ふにゃあ」
と間断なく聞こえる嬰児のような泣き声が耳に残ってしかたなかったというが、兵士らの刀に応じて
血肉淋漓、凝積遍地、血下数斗。
血肉淋漓とし、凝積して地に遍く、血下ること数斗なり。
血と肉がとびちり、それらがおびただしく地面に落ちてかたまった。流れ落ちた血は数斗(数十リットル)にもなったであろうか。
不思議と思われたのは、
首及両臂胸背、全無寸骨、尽血肉也。
首及び両臂・胸・背、すべて寸骨も無く、ことごとく血肉なり。
頭から両腕、胸部、背中、どこにも「骨」がまったくなく、すべて血と肉だけであったことである。
続いて、そのヒトがぶらさがっていた梁を切りおとし、その中を割って調べてみたところ、梁はほとんど中空になっており、その中になお
盛血塊而已。
血塊を盛るのみ。
血塊がたっぷりと残っていた。
放っておけばこれらの血塊も梁からにじみ出て、あのヒトが完成していたのであろうか。
家に長く仕えている老僕の言によれば、
「むかしこの蔵を作りましたとき、大工の一人が斧で材木を割っていて、誤って別の大工を傷つけてしまったことがございました。片足がほとんど切断されてしまい、ずいぶんと血が流れた。そのとき、その大工を寝かせて手当てをした材木がこの梁だったのでございます。この梁にはもともと大きな木目の芯がござって、血はそこに沁み込んだものでございました。あのときは手当てに夢中で、血のことは忘れてしまっておりましたが、長い日月をかけてこのような怪しいモノとなったのでございましょう」
ということである。
ああ。
猶幸発之尚早、倘下截尽変人形、又未知作何妖孽耳。
なお幸いにこれを尚早に発すも、倘(も)し下截ことごとく人形に変ずれば、またいまだ何の妖孽(ようげつ)と作(な)りしかを知らず。
不幸中の幸いなことに、早期に発見できたからよかったものの、もし下半身まですべてヒトの形に完成していたとしたら、一体どのような妖怪変化になっていたものか、考えるにもおぞましいことであった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「在園雑志」巻四より。これは粘菌ですよ。だいたいナゾの物体はみんな粘菌だと考えれば説明がつく、と思っておけばよいものとわたくしは信じております。ヒトニグサも粘菌。土蜘蛛も粘菌。生命の木も粘菌でしょう。ひっひっひ。わたしどもの学派は諸星大二郎先生と南方熊楠先生の影響を強く受けているのです。