平成22年5月25日(火) 目次へ 前回に戻る
「またこの類ですかにゃ。好きですにゃあ・・・」
今日はこんな話をしておきますか。
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則天武后の時代、杭州・臨安で尉官をしていた薛震は
好食人肉。
好んで人肉を食らう。
ニンゲンの肉を食べるのが大好きであった。
が、そのことを知るひとはいなかった。
あるとき、薛に金を貸している貸主が、その下男とともに臨安まで取り立てにやってきた。
薛はとりあえず官の客舎(公設の旅館)に泊まらせ、数日内に当てがあるからと言いつくろった上で、酒食を供した。
遂飲之酔。
遂にこれを飲み酔わす。
客に酒を飲ませて酔わせたのである。
前後不覚に酔った借金取りとその下男を手際よく殺し、
「なかなか旨そうじゃのう」
と言いながら、料理した。
料理の方法は以下のとおり。
@臠之。 これを臠(れん)す。
「臠」(レン)は「切り身にする」と訓じます。肉をそこそこの塊にぶつぎりにすることを「胾」(シ)といい、細かな切り身にしてしまうことを「臠」という。要するに「臠」は「ミンチ」にすることである。
A以水銀和。 水銀を以て和す。
水銀は銀白色を呈する液体金属ゆえ「其状如水似銀、故名水銀」(その状、水の如く銀に似る、ゆえに「水銀」と名づく)と「本草綱目」にあり。ミンチにした肉に水銀を混ぜてよくなじませるのです。
B煎並骨消尽。 煎(に)て並びに骨を消尽せしむ。
「煎」(セン)は「煎(い)る」こと。「煎る」とは、火にかけて水気が無くなるまで煮込むことをいう。「煎餅」は水気が無くなるまで火にあぶられたモチです。「Aの和え物を、水銀が気化してしまうまで熱する。そうすると骨も溶けてしまうのである」ということです。
骨も溶けてしまうのでは証拠も残りませんね。
薛震はこのように証拠を残さずに己れの嗜好を満足させていたのだが、しばらく来客等も無くなったので、ついに
欲食其婦。
その婦を食らわんと欲す。
自分の女房を食おうと考えた。
よほどまるまるとして美味そうだったのでしょう。
女房は以前から夫に異常な嗜好があることにうすうす気づいていたこともあって、
覚而遁。
覚りて遁(のが)る。
ヤラれる前に感づいて逃げ出してしまった。
しばらくすると、薛震の上官である県令が、薛が独り者になったらしいのに気づき、
「何かあったのではないか」
とその身辺を洗わせた。
薛家の下僕を締め上げたり逃げた女房を探し出して話を聞いたりしているうちに、
詰得其情。
その情を詰め得たり。
その実情を調べ出すことができた。
「うひゃあ、これは異常な事件じゃ」
県令は驚き、薛を拘禁するとともにその家を家宅捜索してみたところ、水銀の残りや死体を解体したらしい残骸を次々と発見した。
県令は事件のあらましを、これらの押収物件とともに上位機関である州に届け出、州から朝廷に上奏されたが、朝廷の方では官員の犯罪として表ざたにしずらい上、死体の骨も無くなってしまって決定的な証拠にかけることから、正式に裁判を行うことなく、ひそかに命を下して獄中の薛震を死ぬまで杖で打ち据えさせ、殺したのであった。
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唐・張鶩「朝野僉載」より。同書から引くのは久しぶりですね。もっと積極的に紹介したい書物でありますが。
いずれにしても、真似してはいけませんよ。料理の仕方も刑罰の方法も。