平成22年5月26日(水) 目次へ 前回に戻る
←これはヒトデ
明の萬暦帝は幼くして万乗の位(皇帝のこと)に即かれたので、その治世の初期は宰相・張居正が万事を取り仕切り、世の中はまずまずよろしく治まっていたのだそうでございます。
そのころのことでございますが、皇帝はある日、宮中で見たことの無い生物を目にした。
それは八本の足を持ち、二本の手(?)にははさみがあり、横向きに歩くのである。
皇帝、側近に
問、何物。
何物ぞと問う。
「これは、なんじゃ?」
とお訊ねになった。
側近の宦官、答えて曰く、
「これはカニと申す生物でございます」
と。
「へー、これがカニさんですか」
好奇心の強い皇帝は、
取看。
取りて看る。
カニを手にとってご覧になった。
―――――と、
「うひゃあ」
皇帝は驚いてカニを放り出しました。
「これは変じゃ。見よ」
背有字曰桂萼、張璁。
背に字ありて曰く「桂萼、張璁」と。
カニの背中には、「桂萼」「張璁」の合わせて四文字が刻まれていたのである。
桂萼も張璁も当時の重臣の名である。
「なんと」
「これはどういう予兆であろうか」
と大騒ぎになり、真相の究明が行われた。
転相追究、乃太監崔文所書。
転相追究するに、すなわち太監・崔文の書するところなり。
あちらへこちらへと原因を追い求めて行くに、とうとう大宦官の崔文が書いたものだということがわかった。
言、二人横行也。
言うに、二人横行すなり、と。
崔文の言うには
「申し訳ございません、桂萼と張璁の二人は最近のさばっており、カニが横歩きするように目障りなやつらじゃ、と思いまして、ふざけて書いてしまいましたのでございます。まさか陛下のお目に止まってしまうとは・・・」
ということであった。
特に誰が悪いということではなかったのだが、崔文は
謫南京。
南京に謫さる。
南京に飛ばされた。
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ということですから、みなさんも落書きには気をつけてください。明・李詡「戒庵老人漫筆」巻二より。
今日のお話は死人が出なかったのでがっかりのひともあるかも知れませんが、平日ですからご寛恕ください。いかにチュウゴクものを扱っているとはいえ時々は死人の出ない日もあるのでございますよ。