第三事例
李三洲がいうことには、
「自分はかつて、命を受けて任地に赴く途中に旅櫬(リョ・シン)と遭遇したことがありますなあ・・・」
というのである。
古典チュウゴクでは、ひとが任地や旅先で亡くなると、同行の子弟や使用人が棺に入れて実家のある地、すなわち先祖以来の墓地のある土地まで運んでから葬儀を行うのが礼に適った葬法とされておりました。このために実家まで運ばれていく棺のことを「旅櫬」というのである。
李三洲は、棺に従っている下僕らしい男に、
「お気の毒なことでござるなあ・・・。どうなされましたのじゃ?」
と声をかけてみたところ、その下僕のいうことには、この棺の主は余姚出身の毛という地方官だということで、
「うちのだんなはもともと手足が冷えて痛む病を持っておりましたのでございますが、そのことを聴いた地元の下級官吏が
寄一蘄蛇。
一蘄蛇(き・じゃ)を寄す。
一匹の草ヘビを贈って寄越したのでございます。」
「蘄」(キ)は安徽の地名でもあるが、「玉韻」に「蘄ハ草ナリ」とあり、「蘄蛇」は草原にいるヘビ、である。「本草綱目」によれば両脇に二十四の白い花のような文様のある毒ヘビだそうで、「白花蛇」ともいうとのこと。
毛は喜んで、このヘビを
浸酒飲之。
酒に浸してこれを飲む。
酒漬けにして、この酒を飲んだ。
滋養強壮のために飲んだのだそうである。
「飲みはじめたころは、だんなは「体に力がみなぎってくる」というようなことを言うておったものでございますが、
半月脳後発疽、遂至不可救薬。
半月にして脳後に疽(しょ)を発し、ついに救薬すべからざるに至る。
半月ほどすると後頭部にできものができ、あれよあれよという間に治療のすべも無く死んでしまったのでございます。」
そういうて、下僕は「よよ・・・」と泣き伏したものであった。
―――李三洲は思い出したように目を閉じて首を振りながら、
「ああ、なんともおそろしいことすなあ」
と嘆いてみせた。
「あるいはこんなことを聞いたこともございますなあ・・・」
第四事例
かつて、三人の旅びとがあった。
あまり咽喉が渇いたので、ついつい道端の瓜畑に入り込み、
一極大瓜(ずば抜けて大きなウリ)
を見つけてこれを三人で食べた。
畑の主人に見つかり、
「これはいかん」
と
登時、倶死。
登時、ともに死せり。
道に戻って逃げ出そうとしたところ―――、三人ともばたばたと倒れて死んでしまった。
瓜主掘其下、得蛇如桶大。
瓜主その下を掘るに、蛇の桶の如く大いなるを得たり。
畑の主人は不思議に思い、瓜のあった土地を掘ってみたところ、とぐろを巻いた桶のように大きなヘビが出てきた。
ので、これを斬り殺したということである。
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「いずれもヘビの話ばかりで恐縮でございますが、広州ではヘビを食うかどうかと訊かれてはじまった話でございましたからなあ・・・」
李三洲はそう言い訳し、
「まあ、いずれにしましても、
歴観数事、凡物異常者、決不可軽食。
数事を歴観するに、およそ物の常に異なるものは、決して軽食すべからざるなり。
以上の各事例を並べてみますと、おおよそへんなものがありましたら、軽々しく食べてみたりしてはいけません、ということがわかりますなあ」
と教え諭した。そして、
「そうそう、わが広東の雷州府ではニワトリの肉が名産の一つになっておりましてな。この府には養済院(貧窮者を収容する福祉施設)がございまして、ここには重い感染症患者が数百人収容されております。彼らの大小便には彼らの体にたかっているウジ虫が多数混じっております。
この養済院にはタマゴを取るために大量のニワトリが飼われているのでございますが、
鶏食之、答応官府者貪其価銭、輙買以供官。
鶏これを食らい、官府に答応する者、その価銭を貪り、すなわち買いて以て官に供す。
そのニワトリどもはこの病人の糞便とウジ虫をエサにしているのです。役所に願い事等があって出かける者は、できるだけ安くすまそうとこの養済院のニワトリを買って、「名産のニワトリでございます」と言うてお役人たちに付け届けるのでございましてなあ」
李三洲、
「どうぞ広州に赴任されるときには、お気をつけてくだされませよ」
とにやにや笑っていたものであった。
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「戒庵老人漫筆」巻八より。これにて「異物不可食」のお話はおしまい。なお、李戒庵先生は最後に
如此等類、孝子仁人、不可不知。
かくのごとき等の類、孝子・仁人は知らざるべからざるなり。
このようなたぐいのことは、(間違って親や知り合いに変なものを食べさせないように)孝行息子や心優しいひとが知らないでいていい、ということではないのである。
と念を押してくださっているので、みなさんもよく勉強してくださいネ。でも無責任な報道やウワサに乗せられて「風評被害」を与えてはいけませんなあ。わたくしは今日は「肉巻おむすび」買ってきた。なんだかわけのわからない報道規制の中、政府の動きが遅くて苦しんでいるようですが、がんばれ!宮崎。