平成22年4月6日(火)  目次へ  前回に戻る

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かつて書を読んでいたところ、

牛有耳而聴以鼻。

牛に耳あり、而して聴くには鼻を以てす。

ウシには耳があるが、鼻で音を聴いているのだ。

と書いてあった。

「ふむ、やはりな」

と、わしは頷いた。

また、

龍無耳以角為聰。

龍に耳無きも角を以て聰を為す。

リュウには耳が無いのだが、角で音を聴いているのだ。

とも書いてあった。

何も知らないひとは「本当にそうだろうか」と疑うであろうが、

蓋牛耳無竅而龍既無耳、此必然也。

けだし、牛の耳には竅(きょう)無く、龍には既に耳無ければ、これ必然なり。

なにしろ、ウシの耳には耳の穴が無いのである。そして、龍には全く耳が無いのである。だから、鼻で聴き、角で聴くことになって当然であろう。

ところで、この間、元代のことを中心に見聞・考証を記した葉子奇「草木子」を読んでいたら、

亀雖有鼻而息以耳。

亀は鼻ありといえども、息するに耳を以てす。

カメには鼻があるが、呼吸は耳で行っている。

と書いてあった。

「なるほど、そうだったのか」

わしはぽんと膝を打った。これはいにしえの人のいまだ気づかなかったことである。よく気づいたものだ。

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以上はわたしが言っているのではなくて明の朗瑛「七修類稿」巻四十三に書いていることである。

「ホントかね?」

と思うなら明の時代に行って朗瑛さんに聞いてみてください。浙江・仁和府のどこかにいるはずです。

ところで、ハト耳というのは聴覚器官なのでしょうか?

 

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