@生員(郷校の学生)の畢夢究の証言―――
ある日、彼が九歳で、庭で遊んでいたときのことだそうだ。
時方午、天宇澄霽無雲。
時まさに午にあたり、天宇澄み霽(は)れて雲無し。
ちょうど正午の真昼間、天空は澄んで晴れ渡り、雲のはしくれも無い青空であった。
爽快な空を見上げたそのとき、彼は不思議なものに気づいた。
青い空の中、はじめゴマ粒のように小さいものが見えたのだが、それがどんどん近づいてくるのである。
やがて、
見空中一婦人、乗白馬。
空中には一婦人の、白馬に乗ずるを見る。
空中を一人の女性が、白い馬に乗って近づいてくる姿がはっきりと見えたのであった。
その女性は、花模様の上着を引っ掛け、白い裳をはいていた。また、小さな奴隷が馬の轡を引いていて、
自北而南。
北よりして南す。
北から南に向かって行ったのである。
それは、畢夢究の家の屋根の上を掠めるように通り過ぎると、またあっという間に遠ざかり、はるか青空の彼方にゴマ粒のようになって、やがて見えなくなったのだ。
A永清県に住んでいる従妹の証言―――
嘗於晴昼仰見空中一女子。
嘗て晴昼に空中に一女子を仰ぎ見る。
ずいぶん昔のことだけど、ある日、晴れ渡った白昼のお空を見上げて、一人の女の子が浮んでいるのを見つけたことがあるのよ。
その子は、
美而艶粧、朱衣素裙、手揺団扇。
美にして艶粧、朱衣素裙、手に団扇を揺らす。
とてもきれいだった。色っぽい濃いめのお化粧をしていて、赤い服に白い裳をつけ、手はまあるい団扇を持って揺らしていたわ。
自南而北、久之始没。
南よりして北す。これを久しくして始めて没す。
南から北の方に向かって行ったわ。だいぶん長い間お空にいて、それからやっと見えなくなった。
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清・王士「池北偶談」巻二十六より。
@とAの女性が同じモノであったのか否かさえわかりませんが、しかしこの話を読むと、わたしも幼いころ、銀色の服を着たひとが空を行くのを見たような気もするし、見てないような気もしてきます。おとなになってからも、仕事で徹夜明けの昼休みに食事をしに外に出たとき、ビルの間を歩き回るそういうひとを仰ぎ見たような、見ていないような、そんなことがあったような、ないような気がする。みなさんもようく考えて見ると、見たことがあるような、無いような、そんな気がしたりしなかったりするのではありませんか。