元の時代、色目人の代表たる西域の回回(ムスリム)は大活躍しておりました。
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その@ 任子昭の回想
大都(北京)にいたときのことである。隣家の子どもが激しい頭痛の襲われたことがあった。その家はひとを遣って回回の医人を呼んできた。
回回の医師は呼ばれてくると、
「ほうほうほう・・・」
と目を細めて笑いながら子どもの頭を撫で回し、数箇所を指の背中で叩いて音を確かめた後で、
用刀割開額上。
刀を用いて額上を開割す。
小刀を使って子どもの額の上のあたりを一気に切り開いた。
そして、そこから、
取一小蟹。
一小蟹を取る。
一匹の小さなカニを取り出した。
それから切り開いた額の傷を縫い合わせた。この間、ほとんど血も出なかった。
この蟹は、
堅硬如石、尚能活動。頃焉方死。
堅硬なること石の如く、なおよく活動す。頃焉にしてまさに死す。
石のように硬かったが、取り出された後も生きてうごめいていた。しかしながら、しばらくすると死んでしまった。
あれほど激しかった子どもの頭痛は、すぐに已んだということである。
その家ではこの小蟹を現在まで大事にしまってあるそうだ。
そのA 夏雪蓑の回想
平江にいたときじゃ。
わしが道端を歩いていると、
見過客馬腹膨脹倒地。
過客の馬の腹の膨脹して、地に倒るるを見る。
馬に騎って通り過ぎようとした旅人があったが、その馬の腹がぶくぶくと膨らんできて、ついに地面に倒れてしまったことがあったのじゃ。
馬は苦しげに嘶き、旅人は驚き、道にいたひともびっくりして「どうしたことか」と騒いでいると、
店中偶有老回回見之。
店中にたまたま老回回のこれを見るあり。
近くの店の中にいた回回の老人がたまたまこの状況を目にしていたらしい。
「ほうほうほう・・・」
と目を細めて笑いながら出てくると、馬の腹や尻を撫で回し、指の背中で数箇所を叩いて音を聴いていたが、やがて手元の小箱から小刀を取り出して馬の左脚の根元あたりを切り開いた。
そしてそこから、
取小塊出。
小塊を取りて出だす。
掌ひらに入るほどの、何かの「かたまり」のようなものを取り出した。
それから、手際よく馬の傷口を縫い合わせたのだった。
其馬随起即騎而去。
その馬は随いて起ち、即ち騎して去る。
するとその馬はもう立ち上がり、旅人はその馬に跨って旅立って行った。
野次馬も多かったので、わたしは近くまで寄ることができなかった。ために、
不知何物也。
何物なるかを知らざるなり。
その「かたまり」がなにものだったのかははっきりとは見えなかった。
ただ、何かもぞもぞと蠢いているものであることだけはわかったのじゃった。
――――@Aの言を考え合わせると、
信西域多奇術哉。
まことに西域に奇術多きかな。
ほんとうに西域には珍しい技術があるものである。
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陶九成「南村輟耕録」巻二十二より。
わたしもその「かたまり」を取り出してもらえば、この膨らんだ腹がへこむのであろうか。