昨日剣術のことを言うたので、剣術に関する有名なお話を紹介しておこう。ただ、お忙しくまた合理的な思考の方も多いだろうから、要点だけお伝えすることにしたい。
紀元前三世紀の初めごろのことである。
趙文王喜剣、剣士挟門而客三千余人、日夜相撃于前、死傷者歳百余人、好之不厭。
趙文王剣を喜び、剣士門を挟んで客すること三千余人、日夜前に相撃ち、死傷する者歳に百余人、これを好みて厭わず。
趙の文王は剣術のことを好み、ために剣士たちはその宮殿の門に群がって、三千余人も集った。彼らは毎日毎晩、王の前で試合し、一年間に百余人が死傷したが、王は飽きることがなかった。
剣士たちの食費だけでもたいへんである。国は衰え、他国は趙の国を討伐することを謀るまでになった。
太子がこのことを憂え、側近たちと
「どこかに王を説得して、剣士を集めることを止めさせてくれるひとはいないだろうか」
と相談したところ、側近たちは口々に、
荘子当能。
荘子まさに能くせん。
荘先生ができるのではないでしょうか。
と言った。
「荘子」とは、宋の思想家・荘周のことである。
そこで太子は使いの者に千金を持たせて荘周のところに遣わせた。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(中略)・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
王、言う、
願聞三剣。
願わくば三剣を聞かん。
「ほう。では、その「三剣」というものは何か、ぜひ説明を聞きたいものじゃな」
荘周言う、
有天子剣、有諸侯剣、有庶人剣。
天子剣あり、諸侯剣あり、庶人剣あり。
「天子の剣」といわれる剣術がございます。「諸侯の剣」といわれる剣術がございます。「一般人民の剣」といわれる剣術がございます。・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(中略)・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
荘周の話が終わると、王は力なく頷き、それから荘周を誘って食事をともにすることとした。(師として尊重する趣旨の儀礼である。)
しかし、
宰人上食、王三環之。
宰人食を上(たてまつ)るに、王みたびこれを環(めぐ)る。
料理人が食事を差し上げたが、王はそのまわりを三回うろうろと回る始末であった。
荘周の話を聞いて、心がぼんやりして座っていることができなくなっていたのである。
荘周曰く、
大王安座定気、剣事已畢奏矣。
大王座を安んじ気を定めよ、剣事はすでに奏を畢えたり。
大王さま、どうぞお座りになられ、心を落ち着けてくだされ。剣術のことはもうご説明が終わっておりますぞ。
王はそのまま三ヶ月間考え込んでしまって奥の間から出てこなくなった。
その間、顧られず、食事も支給されなくなった三千の剣客たちは、四散してしまい、趙国は亡国を免れたのである。
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「荘子」説剣篇より。「中略」の部分を略してしまうと何が何だかわかりませんね。しかし、ゲンダイの合理的なひとにはこれで十分であろう。何が起こったかどうしても知りたいひとは「荘子」をご覧ください。