ゴリゴリでワン。
五代・後唐の明宗(在位926〜933)が、ある日、重臣たちとの打ち解けた席で、二人の宰相に下問した。
近日喫酒否。
近日喫酒せしや否や。
おぬしら、最近、酒は飲んでおるか。
筆頭の宰相・馮道は、その質問に、どう対応したであろうか。
選択肢@
「へいへい、今朝も飲んでまいりましたです、げへへへ」
と赤い顔をして答えた。
選択肢A
「酒は、飲んだこともございませぬ。わしはこちらの方がよろしいので・・・」
と小指を立ててそれを示しつつ謹直な顔で申し上げた。
選択肢B
「ああん? おれさまのようなすぐれた人間に何を問うてやがるんだ、このバカ皇帝は」
と目を据わらせてすごんだ。西域わたりのハッシッシを決めこんでやがったのである。
・・・さて、どれでしょうか。
・・・いいや、どれでもないのである。
馮道は、後世の史家からは「五朝七姓に仕えた不忠の臣」と罵られることになるが、五代の乱世に人民の安寧を守り続けた誠実無二の文人官僚である。
隣に座っている同輩の宰相・盧質の方を見て、
質曽到臣居、亦飲数爵。
質かつて臣の居に到り、また飲むこと数爵なり。
「この盧質どのが、この間、わたくしの家にお見えになられました。そのとき盧どのは杯に数杯の酒をお飲みになった」
と話しはじめた。
「なかなかよい飲みっぷりであったゆえ、わたくし、
勧不令過度。
度を過ごさしめざるように勧む。
度を過さないように、と盧質どのに申し上げたのでございました。」
「さようでござる」
盧質が相槌を打った。
「そうじゃ、飲みすぎは体によくないでのう」
と皇帝も話を合わせた。
そのとき、馮道、間髪を入れず、
事亦如酒、過即患生。
事また酒の如し、過ぐれば即ち患い生ず。
政治や軍事のようなものごとも、すべてお酒と同じでござるぞ。ほどほどにするのがよろしく、やり過ぎれば悪いことが起こるものでございまする。
と諫言したのであった。
・・・宰相・馮道への信頼篤い明宗もさすがに
「そ、そうであるか・・・」
と鼻白んだのであったが、そのとき、座にあった武臣の崔協が
「がはははははは」
と大笑いし、
「宰相どのはご心配性じゃな。
臣聞食医心鏡酒極好、不仮薬餌、足以安心神。
臣聞く、「食医心鏡酒」極めて好く、薬餌を仮らずして以て心神を安んずるに足る。
やつがれは、「飲むと癒され心は鏡の如し」という名の酒を知っております。これはたいへんよい酒で、これを飲んでおれば薬の世話にならずに心も気も安らかで伸び伸びとなりまする。
その酒をお求めになられれば、いくら飲んでも悪酔いはしませんぞ」
と言うたのであった。
馮道が眉根を顰めて彼を振り向くと、崔協、
「いやいや、うそではござらん。ほんとにいい酒じゃ、がははは」
と更に笑った。
左右に侍っていた者たちは、その浅はかさに思わず失笑せり、という。
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と、孫孟文の「北夢瑣言」巻十九に書いてあった。
しかし、吹き出すべきは馮道らのゴリゴリであって崔協の痴愚こそ愛すべきではないのか。とか言ったらやっぱり失笑か。