わしの仲間うちの話でござる。
芥川龍之介さんは、その死の前年である大正十五年の六月に、
近頃目のさめかかる時いろいろの友だち皆顔ばかり大きく体は豆ほどにて鎧を着たるもの大抵は笑いながら四方八方より両眼の間へ駈け来るに少々悸(おび)え居り候。
と斎藤茂吉あて書簡に書いているそうである(山田風太郎大先生「人間臨終図鑑」に拠った)。
斎藤茂吉が精神医であるので、サービスしたのであろう。そういうひとであった。のではないでしょうか。
次のお話なども、わたしに精神の医者の友だちがいたらサービスしてあげたいようなお話であるが、わたしが考えたわけでなく昔のひとが考えたものなのでわしがヘンなのではないのである。ぴきき。
・・・崔文子というのは泰山の麓の生まれであったが、あるとき思うところあって、名高い道士・王子喬に付いて仙人になる方法を学ぶことにした。
しかるに、まだ修行が進まないうちに、王子喬は
「自分はこれから仙界に行くことにした。しばらく帰って来ないが、後で迎えに来てやる」
と言い残して、どこかに行ってしまった。
爾来十数年を経て、崔は仙人になることを諦めて役人をしていた。
ある日の午後、にわか雨の中を役所から帰ってきて、書斎で休んでいると、やがて雨が止み、空に虹がかかった。
何気なくその虹を見ていると、ああ。
なんということでしょうか。
その虹の端っこが、白い光になって崔の方に向かってくるのである。
文子驚怪、引戈撃蜺。
文子驚き怪しみて、戈を引いて蜺(ゲイ)を撃つ。
崔文子は驚き怪しみ、部屋にあったホコをとって、窓から入り込もうとした虹をしたたかに撃った。
「ぼかん」
と撃たれた虹はそのまま書斎の床に落ちた。
よくよく
俯而視之、王子喬之尸也。
俯いてこれを視るに、王子喬の尸なり。
うつむいて床の上を見ると、
・・・なんと! 仙人となったはずの王子喬が倒れていたのであった。
「お、お師匠!」
抱き起こしてみると、王子喬は、
「せっかくお前に仙薬を持ってきたのに、
中之、因堕其薬。
これに中し、よりてその薬を堕とせり。
殴られたときにどこかに落としてしまったわい」
と言うと、また気を失ってしまった。
どうしようかと思ってとりあえずそのあたりにあったものを打ちかけておくと、
須臾、化為大鳥。
須臾、化して大鳥と為る。
いつの間にか、大きな鳥に化していた。
驚いて
開而視之、翻然飛去。
開きてこれを視るに、翻然として飛び去れり。
かけたものを取り除いて見ると、大鳥ははばたいて窓から飛び去って行ってしまった。
その後、王子喬は来ません。
崔文子はしばらくぼんやりとして師匠がまたやって来るのを待っているふうだったが、ある日役所で誰に言うとも無く、
「おいおい、わたしは一体何をやっているのだ?」
とつぶやくと、その日のうちに役所を辞めていずれともなく旅立って行ったという。
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晋・干宝、字・令升の「捜神記」(巻一)に書いてありました。ありたがいありがたい。