がんばれワン!(→肝冷斎に呼びかけているのである)
このところ、ちょっとスランプっぽい。
と言いますと、
――その道の上手にならなければ、スランプの真意は解らない。・・・工夫の極まるところ、スランプという得態の知れない病気が現われる・・・。
とおっしゃっておられる小林秀雄大先生と(昭和三十八年四月ごろの対談者の)国鉄の豊田選手に叱られてしまいそうです。
あ、ほらほら、二人ともすごいぎらぎらした目でわしの方を睨んできました。特に、既に物故された小林大先生はその顔青面と化し、眼は金色に輝いて、憤怒の相も恐ろしく、金剛にて製せられた独鈷のごとき武器を持って立ち上がった。その背丈、人間の大きさでいえば数メートルにもなろうか。
きちんとした思考も自己批判も無く綺言を弄するわしのような輩がすごい気に食わんはずです。すごい怒っているようです。
あ、独鈷を振り上げた!
うわー、やられるやられるー!
と思ったのですが、そこで、編集者らしきのが先生に何か耳打ちした。すると先生は、
「なんだ、しろうとなのか」
とつぶやいて、もとのお顔にお戻りになって、わたしの方にちょっと会釈なさりまして、また座りなおして豊田選手との対談に戻りました。
ああよかった。しろうとなので歯や牙にかからず、やられずに済んだ。助かった。
(・・・以上の記述は「考えるヒント」1の記述を参照した。JAS●ACくる?)
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では、道士・牛用之のことを話す。
牛用之はもと河南の出で、少年のころより、かつては皇帝のもとに呼び出されたこともある常鉄冠という術士に仕え学んでいたということだが、その後、泰山で修行し、また天台に入って、符禁之術、すなわち符籙(ふろく)というお札を用いて精霊を操り悪鬼を封じる術を身につけた。
その道では相当の使い手だ、ということだが、それを聞いても、牛の現在を知るひとは誰も信じていなかった。
なぜなら今、杭州に流れてきて色町の女どものために恋敵を呪うようなことで糊口をしのぎ、酒を飲み、西域わたりの香りの強い料理やイヌの肉などを食うている姿を見て、誰も彼がまともな道士であるなどとは思わなかったからである。
ある晩、場末の安宿で濁酒を含みその日の日銭を数えていた牛のところに、大身の者の執事かと見える中年の男がやってきて、
「是非にお願いしたいことがある」
と同行を乞うた。
牛、
「ふむ。如何なる御用か」
「いや・・・」
男は周りに話しが筒抜けになるのを嫌がるのであろう、室内を見回し、あちこちに酔いどれたちの高論し哄笑するのを見て、かぶりを振った。
「ここでは、どうも・・・」
牛、
「その紋所を見るに、蘇州令の薛家の方と見えるが?」
「む・・・」
男、渋面つくりながら数語、搾り出すように言う、
「さよう。わたしは薛家の執事の李と申して・・・いや、ここではどうも・・・ご同行を・・・」
牛、男の顔を見ながら濁酒の杯を含む。それからやおら言う、
「いやだ。・・・と言うたら?」
「う・・・。それは・・・主人に申し上げて・・・」
「なるほど、薛家の御当主ご自身のことか」
「さ、さよう。・・・煎じ詰めれば、主人に害を為す悪鬼をお祓いいただきたいという単純なことにて・・・」
「ははは」
牛は笑った。笑うと案外稚気の感ざられる男であった。
「単純なこと、で薛家ともあろうものがこんな場末の色町の術士のところに依頼に来るはずがあろうか。まあ、よろしかろう、悪鬼祓いなら、
此細事、今夜可除之。
これ細事なり、今夜これを除すべし。
大したことではござらん。今夜、これから祓いにまいろう」
そういうて、道術の道具も日用品も一緒くたに入っているらしい頭陀袋を肩にかけて立ち上がった・・・のを見ると、牛はひとより頭一つぐらい高い、意外なほどの大男であった。
早速、差し回しの輿に乗って薛家に赴く。
その途中、何十年も執事を勤めるという李から話を聞くに、
薛家には近日来、どうもある女鬼があって、
為脂怜L氏、撃戸牅、碎器皿、或滅其燈燭、或嘯於堂廡。
薛氏に獅為し、戸牅を撃ち、器皿を砕き、あるいはその燈燭を滅し、あるいは堂廡に嘯く。
薛家にたたりを為して、戸や窓を叩いたり、食器を砕いたり、あるいは風も無いのにともしびを消したり、建物の中や廻廊で泣き声を上げたりする。
のだそうである。
「薛令ご自身やご家族は大丈夫なのかね」
と問うと、李は少し考えてから、
「ご主人は、この氏iたた)りの起こる以前に、・・・お、おくさまを亡くされ、それとほとんど同時に不慮のお怪我で床についたままになっております」
「ほう・・・」
やがて薛家についた。
牛は、薛家の中心にある集会処(「堂」)に入ると、そこに三人分の酒食を用意させた。そして李を振り返って言うに、
「三人のうち、一はわたしの席でござる。一は祓除の依頼主が座っていただくのがよい」
一呼吸置いて、
「ということは、この道士をむさいとお考えでなければ、薛令ご自身がご同席くださるとよろしいのじゃが?」
と持ちかけたが、李は
「さきほど申し上げたとおり、床にふせっておられますれば・・・」
とかぶりを振った。
「よろしい。では、名代にて李どのがお座りくだされ」
李は頷いた。
「ところで、今一席は?」
「ああ、それはお客のための席でござるよ」
「お客?」
牛は直接には答えず、まず所持してきたお札を堂の上座に貼り、その前に「お客のための席」を設けさせて、
上置銅鐸。
上に銅鐸を置く。
席上に、銅製の振り鈴を置いた。
そして、自分と李の席を並べて、この席と向かい合わせに設けさせた。
用意が整うと他人を斥けさせ、
「さて・・・」
と李に言う。
「お客人が見えるまで、ゆっくり飲み食いいたしましょうぞ」(以下、次回)
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続く。
北宋・張不疑の筆記小説「括異志」巻七より。さあて、何が現われるのでございましょうねえ。