わが魂はこの孔に入って行ったのかも知れぬ。
今日は飲み会でした。わたしは僅かなお酒で気持ちよくなって寝て気持ち悪くなるので、いま気持ち悪いです。もともと力振り絞って飲み会に行ったところもあるので、本当に落ち込んできました。これだけ自覚症状があるのは九州へ行ってからははじめてですよー。この先どうなるかもう知らんよー。
宋の時代のことである。
張尚書は冀州のひとであった。
家は富豪であり、若くして進士に及第し、各省の要職を勤めた後、致仕して郷里に帰ってきた。
その張尚書の家で、ある晩、馬小屋の馬がいつに無く騒いでいるので厩師が見回ると、どこから迷いこんだものか、見慣れぬ
一犢盗食馬粟。
一犢、馬粟を盗食す。
一頭の子牛が、馬の飼葉桶の中から粟を盗み食いしていたのだ。
「これ」
厩師は棒を持って側に行き、その子牛を叩きすえて、
「あちらへ行け」
と追い立てた。
すると、子牛は一瞬振り向いて、厩師の方を見た。
「む」
厩師はその子牛の目をどこかで見たような気がしてひるんだのだが、その間に子牛は、突然目の前から掻き消えてしまい、
但見白光奔宅門、遂失之。門閉如故。
ただ白光の宅門に奔るを見るのみにして、遂にこれを失う。門の閉ざさるること故(もと)の如し。
白い光が一条、家の門の方に走って行くのが見えただけで、とうとう子牛の姿を見失ってしまった。なお、この間、ずっと門は閉ざされたままであった。
「なんであったのだろう?」
厩師は不思議に思ったが、特に騒ぎ立てるほどのこともあるまいとそのままにしておいた。
さて、その翌日、張尚書が病に臥した。
肌骨痛者数日。
肌骨痛なるもの数日なり。
皮肉と骨が何かに殴られたように痛むのだといい、臥したままの状況が数日続いた。
十日ほどしたある日、少し落ち着いたのか、尚書は杖をついて厩までやってきて、厩師を呼び出した。
「は」
と厩師が尚書の前に畏まると、
「ああ、やはりおまえであったな」
とおかしなことを言い、続けて、
旬日前夜見何物。
旬日前夜に何物をか見る。
十日前の夜、おまえは何かを見たかのう。
と問うた。
厩師は尚書の目を見たとき、何故かほとんど忘れかけていた例の子牛と白い光のことを突然思い出し、話したのであった。
すると、張尚書は何ともいえぬ苦渋の表情を見せ、
後或見。不可撃也。
後にあるいは見ん。撃つべからず。
そのうちまたそれを見るかも知れぬ。しかしそのときはもう殴ってくれるなよ。
と言うて、また杖を引いて部屋に帰って行った。
「へへい」
と頷いたものの、厩師はどうしてそんなことを言うのか、たいへん腑に落ちなかったそうである。
その年の暮れのある日の夕方、厩師ではなく門番の老人が、
見一犢自宅門出。
一犢の宅門より出でんとするを見る。
一頭の子牛が家の門から出ていこうとするのを見た。
飼い牛が逃げ出そうとしているのではないかと思い、
「これ、待ちなされ」
と
追視乃不見。
追視するにすなわち見えず。
門まで追いかけたが、門の外にその子牛の姿は見えなかった。
と、そのとき、屋敷の中で大声で泣く声が聞こえきたのである。
ちょうど尚書が息を引き取り、家族の者がこれを哭する声を挙げたのであった。
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どっとおはらい。
北宋の文人官僚・張師正、字・不疑の「括異志」(巻九)より。この書、これまで引いたことがあったかどうかさえ忘れた。