↑弱い者はとばっちりを受ける、まことにいやな世の中でございます。
さて、みなさんこんにちは。今日はとばっちりを受けたから、とばっちりのお話です。ちなみに「とばっちり」とは「とばしり」の転である、と「大言海」に書いてあった。
唐の末のこと、監察御使の李航というひと、名族の出であり風采も美しく、官界での評価は高かったそうだ。黄巣の乱の後であるが、同職の穆延晦とともに出張して虢州(かくしゅう。いにしえの秦の地にありという)の官設の宿舎に泊まった。
翌日、郡の長官である張存のところに挨拶状を提出した上で出立しようとした。
この張存という長官は軍閥の王珙の部下に当たる武人であったが、李と穆の挨拶状を取り次いだ幕僚に、
「わしは昔、あることで穆氏に世話になったことがある。穆御使はその一族の方ゆえ、彼がお見えになったのであれば相応のお迎えをせねばならん」
と言うた。
取次ぎの者は宿舎に至って穆に告げて曰く、
「張長官は昔、穆さまのご一族にお世話になったことがあるとのことで、是非ご面会いたしたいとのお言葉でござる」
「そうですか。わたしは聞いたことはないが、どこかで何かのご縁があったのでしょうね」
穆は李を宿舎に残して、張長官の官邸に向かい、面会した。
事務的な応答の後、穆は
「長官は以前にわたくしの親族とお付き合いがあったと聞きます。一体どのようなお付き合いがございましたのでしょうか・・・」
と訊ねた。すると・・・。
張長官は突然、顔色を変え、
此言得自何人。
この言、何人より得たる。
「そのお言葉、誰からお聞きになったか!」
と問い詰めるのである。
穆が
「は、はあ・・・。取次ぎをいただいた方にお聞きしたのですが・・・」
と答えると、張長官は怒りに堪えかねた様子で、穆をそのままにして、手下どもに
「これを取り次いだ幕僚を捕えてまいれ!」
と命じた。
あわれ、幕僚は隣室に侍っていたところを取り押さえられ、長官の前に引き出されて来たのであるが、抗弁の間も無く、
「斬れ」
との長官の一言に、あ、という間も無く首を刎ねられてしまったのである。
それを見届けると張長官は
「ひとの秘密をたやすくばらしおって! よいな、おまえらも気をつけるのじゃぞ!」
とはき捨てるように言うと奥に引っ込んでしまった。
穆生驚怪、失意帰館。
穆生驚怪し、失意して館に帰る。
穆氏はたいへん驚き、何だかわからない中、茫然として宿舎に帰ってきた。
すると、すぐに数人の武人がやってきて、穆を取り押さえ、
「張長官のご命令でござる」
「ひとの秘密を知った者をそのままにしておけぬ、とのことじゃ」
「覚悟めされよ」
と言うや否や、その場で斬り殺してしまったのであった。
宿舎にいた李もまた、
方抱憂惶、俄亦遇害。将以滅口。
まさに憂惶を抱くに、俄かにまた害に遇う。まさに以て滅口するなり。
そのとき、心配と不安を抱いたが、すぐさままた殺されてしまった。口封じのためであった。
このこと、李の下人が生き延びて実家に伝えたので明らかとなったのである。
その後、張長官には相応の報いがあり、親分の王珙の不興を買って切り刻まれてしまったそうだ。
――さて。
わし(注:肝冷斎にあらず。著者の孫光憲なり)は、李肇の「唐国史補」を読んだところ、次のような話があった。
・・・李というひとが以前に死刑囚を助けてやったことがあった。
後に李は、偶然にその死刑囚と出会った。
其人感恩、延帰其家。
そのひと恩に感じ、延(ひ)いてその家に帰す。
そのひとは、深く恩を感じており、李は是非にと引っ張られて彼の家に招かれた。
食事を待っていると、部屋の奥で声がする。
与妻議所酬之物、妻嫌数少。此人曰、酬物少、不如殺之。
妻と酬うるところの物を議するに、妻、数の少なきを嫌う。このひと曰く、「酬物少なし、これを殺すに如かず」と。
主人と妻が李の恩義に酬いるためのもてなしの物を相談している声であったが、妻は、あまり数が無いのでけちっているようである。すると、主人が言うに、
「ええい、それでは酬いる物が少なすぎて、おれの顔が立たねえ。もうあの方を殺してしまうしかない」
と。
李は急いで逃げ出して、ようやく一命を取り止めた。
――この話をわしは、
常以為虚誕。
常に以て虚誕ならんとす。
ずっとウソ話だろう、と思っていた。
しかし、張存が穆と李を殺してしまった話と引き合わせると、そういうこともあっておかしくない、と思うようになったのである。
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まったくである。五代・孫光憲、字・孟文の「北夢瑣言」巻二より。このような話を読んでもなお、みなさんがニンゲンぎらいになってわしのように山中に一人で隠棲しないのが、まことに不思議でならぬ。山中はいいですぞ。今日も月と星がきれいで、遠くトラとオオカミの声も聞こゆる。