あ。
と気づいたらもう12月でした。
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黄という姓のひとがいた。
このひと、ある晩、村の寄り合いでしたたか酔い、ふらふらと川のほとりを家に帰る。
その途中で、突然、左の足先に蹲って居る「小さいひと」(「矮人」)に気づいた。
あ。
と避けようとしたときには、その「小さいひと」がもうがっしりと黄の左足の膝あたりにしがみついており、
将曳入水。
まさに水に曳き入れんとす。
川の中に引き込もうと引っ張るのであった。
黄は大慌てで足を振り回して「小さいひと」を振り払おうとしたが、小さいに似合わぬ力でしがみついており振り払うことができぬ。それどころかじりじりと水の方に引っ張られていく。拳を揮って「小さいひと」の頭を殴りつけてみたが、石かと思うほど固く、殴りつけても微動だにせぬ。
助けを呼ぼうにもこの闇の中で通りがかりのひとなどいるはずがない・・・。
と、そのとき、少し先からひとの声がした。
此鬼也、勿為所迷。
これ鬼なり、迷うところと為るなかれ。
「それは精霊じゃ、引っかかるなよ」
と呼ばうのである。
なんとなく懐かしい声だと思ってそちらを見ると、親友の劉であった。
「劉か! すまぬ、助けてくれ」
「当たり前じゃ」
劉は駆けつけてくると、「小さいひと」の脇腹を蹴りつけた。
「きゅう」
「小さいひと」は、何とも形容しがたい――強いていうなら袋から空気が漏れるような音――を立てて唸った。
「小さいひと」は全身が石のように硬いが、脇腹だけは柔らかい、と聴いたことがある。
黄も空いている右の足で「小さいひと」の脇腹を蹴りつけると、やはり「きゅう」と唸る。
二人で蹴りつけているうちに、ついに「小さいひと」は黄の足から腕を離し、やにわに川の中に逃げ込もうとした。
「逃がすか」
劉は「小さいひと」の襟髪を摑むと、ぐい、引き上げる。
また「きゅう」と唸りながら「小さいひと」はぐったりとした。
「よし、これで大人しくなったわい」
劉は「小さいひと」をひょいと黄に預けると、
「ほら、もうおまえの家じゃな」
と言う。
確かに川べりから一里(六百メートル)ほど離れているはずの自分の家の前である。
「そうだな・・・」
と答えようと振り返ると、もう劉の姿は見えなかった。
あ。
そこでふと思い出したのだ。
――劉は昨年死んでいたのであった。
「!」
手の中を見ると、
所擒之鬼、則乱髪一団耳。
擒らうるところの鬼はすなわち乱髪一団なるのみ。
摑まえた精霊と見えたのは、ただ一塊のおどろの髪の束であった。
さて、読者諸氏よ、考えていただきたい。
髪は血の余であるという。どうして余った血が不可思議のことを仕出かすことがあるのだろうか。もしかしたら、ひとが死ぬと、魂が髪に寄り付くのであろうか。この不思議な事件を、賢者たちはどのように説明することができるのであろうか。
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じゃんじゃん。清の酔茶老人・李慶辰の記録でした。「酔茶志怪」巻三より。