虞道施というひと、義煕年間(東晋・安帝のときの年号。405〜418)に、馬車に乗って江南の山中を旅していた。
突然、道の傍らから黒い衣のひとが現われ、
「車に載せてもらえまいか」
と声をかけてきた。そのひとは御者が何の反応もしないうちに、
「申し訳ない、申し訳ない」
と言いながら、するする、と速度を落としもしていない馬車に乗り込んでくる。
――なんという非礼な者であろうか。
道施は追い出そうと杖に手をやったが、そのひとの顔を見た途端・・・・やめた。
そのひとは、
頭上有光、口目皆赤、面被毛。
頭上に光あり、口目みな赤く、面は毛に被(おお)わる。
頭の少し上のところからいわゆる「後光」が射しており、くちびると瞳は深紅。顔面には一面に毛が生えている。
そんなひとが、
「いやあ、すまんすまん」
と普通にしゃべりながら、馬車の道施の右側に座り込んだのである。
道施は無表情に、
「い、いや、おかまいなく・・・」
と言い、できるだけそのひとを見ないようにずっと前を見ていた。
二人はしばらく無言のままで、
行十里。
行くこと十里。
シナ里ですから、十里で4〜5キロ。
ようやく平地に出かかると、
「あ、ここじゃ」
そのひとは、乗り込んできたときと同様に、するする、と馬車から降りて行く。
降り際に、深紅の目をぎろりと道施の方に向け、赤いくちびるを開き、
我是駆除大将軍。感爾相容。
我はこれ、駆除大将軍なり。爾の相容るるに感ず。
わしは「駆除大将軍」である。おまえの寛大なのに感謝するぞ。
と言った。くちびるよりもなお紅い口の中が、炎のようにちらちらと見えた・・・・・、その紅がまぼろしのように目に残っている間に、そのひとは黒い衣を翻したのである。
「い、いや、お気になさらずに」
と表情を変えずに答えたときにはもうその姿は、車内はもちろん、馬車の周りのどこにも無かった。
しばらく馬車に揺られていた道施は、また一里ほども来てから、御者に
「おまえも見たよな?」
と問うたのだが、御者は
「なんのことですか」
ととぼけた答えをするばかり。
夢でも見たか、とさっきまで彼が座っていた場所を見ると、感謝のしるしであろうか、
留贈銀環一双。
銀環一双を留贈せり。
銀の耳輪一組が遺されていたのであった。
その耳輪を手に取ると、しゃりん、しゃりん、と馬車の揺れるに合わせて快い音を立てた。
帰宅してからいろんな書物を開いて「駆除大将軍」について調べたが、とうとう何ものであるかわからなかったそうである。
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段成式「酉陽雑俎」巻十四より。段成式がこれを書いたのは唐の時代ですから、実際の事件が起こったときから400年も経っているのである。