平成21年11月13日(金)  目次へ  前回に戻る

易・文言伝に曰く、

雲従龍、風従虎。

雲は龍に従い、風は虎に従う。

リュウのいるところには雲が湧き、トラのいるところには風が起こる。

と。

三世紀、西晋の末に楊方という詩人があって、この文言伝の語をもとに、

虎嘯谷風起、  虎嘯(うそぶ)けば谷風起こり、

龍躍景雲浮。  龍躍れば景雲浮かぶ。

 トラが吠え声をあげると、谷から湿った風が吹き始める。

 リュウが空に躍り上がると、五色に色づいた雲が現われる。

と歌い出した。

風と雨という大自然の営みを歌うのか、あるいは勇壮な戦いの歌か・・・・と思って聞いていますと、

同声好相応、  同声は好んで相応じ、

同気自相求。  同気は自ずから相求む。

同じような音はうまくハーモナイズするものであり、

同じような気は自然に求め合うものなのだ。

と続き、これは友情の歌か、あるいは国家や家郷に身を捧げよという道徳的なる歌か、と思ったが、そうでさえなかった。

我情与子親、  我が情は子と親しみ、

譬如影追軀。  たとうれば影の軀を追うが如きなり。

あたいのこころはあんたにぴったり寄り添って、

たとえていえば、影が体を追っかけるようなもの。

と、これは恋の歌、それも女が男を篭絡するという歌だったのだ。

どどん、とテーブルを叩き、

「ええい、おそれおおくも「周易」から引用しておいて、恋歌になるとはなにごとかあ!」

とわしが怒鳴りますと、楊方は青白い頬の詩人、

「うひゃあ」

と大人しくなってしまいましたが、琵琶を弾いて楊方の後ろで伴奏していた歌姫が怒り出した。

「あんたはゲージュツというものがわかってないんでないの?」

「なんだとお、歌姫の分際で、読書人に歯向かおうというのか!」

わしはだいぶん酒も回っていたらしく、席から立ち上がって歌姫の方に、のし、のし、と歩み寄ったのであったが、酒場でそんな態度をとって通るものではない。たちまち何人かの男たちが立ち上がり、

「歌姫さまに手を出そうとはどういう料簡だ」

「酔っ払ってゲージュツを理解できないとは何と浅はかなやつよ」

「あわれというもオロカなり」

と腕や首根っこを摑まれまして、

「出てけ」

と店から放り出されたのであった。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

しかたなく店の外で、しょんぼりとしていると、店の中から歌姫が楊方の詩の続きを歌うのが漏れ聞こえてきた。

食べるときには、並んで生えた稲の穂を。

飲むときには、一本の木から作ったそろいの杯で。

着るものは、二本の糸で縫い合わせた、おそろいを。

そして寝るときには、縫い目のないふとんをともにする。

すわっているときには、あなたと膝っこぞうをすりあわせているよ。

歩くときには、あなたと手をつないでどこにでも行く。

あなたがじっとしているときには、あたいもじっとしているし、

あなたがふらふらするのなら、あたいも一緒にふらふらするよ。

あたしたちは、

斉彼同心鳥、  彼の同心鳥に斉(ひと)しく、

譬此比目魚。  この比目魚に譬えん。

 同心鳥をご存知か。二羽の鳥が胸のところでつながっていて、それぞれ一枚づつしか羽を持たない。ぴたりと寄り添っていなければ飛べない鳥。

 比目魚をご存知か。体の右側に二つの目が寄っている魚と、左側に寄っている魚。ぴたりと寄り添っていなければ左右両方を見ることができない魚。

なんだから。

気持ちが通じ合えば、金属や鉱石さえ貫くことができる。

にかわで固めたものでさえ、恋の心よりは離れやすい。

ずっとずっと一緒にいて、

びったりと寄り添って生きていこうよ。

生為併身物、  生きては併身の物と為り、

死為同棺灰。  死しては同棺の灰と為らん。

生きている間は二つの身を持つ一人のひとに、

死んだあとには同じ棺の中の土くれに。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

というこの歌は、「玉台新詠集」巻三、楊方「合歓詩」第一

こんなことを言っててもそのとおりになることが無いのが普通であり、「こんなことになっていない」のがニンゲンの正しいあり方なので、安心してください。

この詩自体は、どうも当時の妓女と貴族のたわむれの際の「言い草」を集めてきて作ったような詩で、「恋歌」として評価する必要はないように思うが、当時のひとは「体をくっつける」というのがすごく好きだったんだなあ、という感想を持ちます。アンドロギュノス幻想というべきか。三〜四世紀は、わたしらのとこでは古墳時代のはじまったころですが、六朝の詩人たちはこんな直截的な官能を賛美する歌ばかり作っていたのだなあ。

「こんなことだから、六朝歌謡は「亡国のうた」といわれるんじゃ」

と、わしは店の外からでかい声で悪態をついていたが、そのうちそれにも飽きて、背中を丸めてひとり夜道を帰ったのであった。

 

表紙へ  次へ