わたしの父が、明の残党退治に福建を転戦していたときのこと。
父は、山中に入った明兵の生き残りを刈るため、数名の兵士を連れて一日行程前進するよう命を受けた。そこで父は、山中の行軍に邪魔になりそうな荷物類は行李に入れて部隊の本営の小屋に置いていき、これを従卒の連二という男に見張らせることとした。
その晩、連二は、食事を終えて戻ってくるときに、星の下、小屋の上に
見一母鶏帯雛数百、飛立屋瓦之上。
一母鶏の雛数百を帯びて、屋瓦の上に飛立せるを見る。
一羽のメンドリが、数百のひよこを連れて、屋根の瓦の上に登り、そこから飛び立って行ったのを見た。
たいへん驚いたが、その羽ばたきまでも聞こえたそうである。
翌日の宵、父は部隊を引き連れて戻ってきた。
なにほどの成果も無かったが命がけの任務の後である。翌日は兵士らに休暇をとらせることにし、父は彼らに一時金を渡そうと考え、小屋に入って行李を開けさせた。(もちろん、行李には錠がかけてあり、そのカギは父が持っていたのだが)
「おお」
なんと。
行李の中には甕が一つ入れてあり、
銀数百両、内元宝一、余倶小錠、蔵甕中。
銀数百両、うち元宝一、余はともに小錠にて甕中に蔵す。
数百テールの銀――元宝大判一枚と、あとは粒銀数百枚――が、甕の中に入っているはず・・・・。
であったのに、甕の中は空っぽになってしまっていたのだ。
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と、ここまで話して、父は笑いながら、
「とりあえず当座の金は将軍にお借りして何とかしたが、連二を締め上げてみると、そのニワトリの話を白状したのだ。おそらく、銀はニワトリに化して飛び去ってしまったのであろう。そういうことも時折あることなのじゃ」
とわしらの頭を撫でた。
幼いわたしは頷きながら聞いていたものだが、そういうことがあるものであろうか。
豈小人福薄、不能圧此物耶。
あに小人福薄しといえども、この物を圧(おさ)うることあたわざらんや。
いかに連二という男が卑小な人間で、福徳が薄かったとしても、銀の数百両を飛ばないように押さえつける徳さえ無い、ということがあろうか。
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相変わらずおやじどのはかっこいいですが、連二さんは怪しいですね。こどもでも気づくぐらい。劉玉衡「在園雑志」巻四より。