令和2年8月17日(月)  目次へ  前回に戻る

月を見ると肉まんやオニギリに見えるでニャー。おれたちはネコではなくライオンでニャー。

おいら肝冷童子はコドモなりといえども、お櫃でごはんを食べ、お代わりをするような気宇壮大な話をしたいものですなあ。

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チャイナでは明から清の時代、ヒンドスタンに温都斯坦(おんとすたん)という大国がございましたそうな(←ムガール帝国のことです)。

でかくてすごい国だったんで、いろんな噂が伝わっておりますが、今日はその中から、その国の西の端っこに、

有巨沢、囲数千里、沢中有山、囲踰千里、高入雲天。

巨沢有りて囲り数千里、沢中に山有り、囲り千里を踰え、高く雲天に入れり。

巨大な湖があった。そのめぐりは千キロぐらいあり、その湖の中には山があって、その周囲は500キロ以上、高く雲の中にまで聳えていた。

という山のお話をいたしましょう。あるひという、

此人間第一高山也。

これ人間(じんかん)第一の高山なり。

「この山はニンゲンの棲む現世における一番高い山じゃよ」

と。しかし、ニンゲン世界で一番高いのはムガールの北東隅のヒマラヤ山脈ですから、こいつは第二以下であろうと思います。(実際の地理ではどこに当たるのであろうか。キリマンジャロか?)

その中は「孛各里麻胆達拉斯」ボカリマタンダラスと読むのでしょうか、この山にはライオン(獅子)が棲んでいる。

ライオンは、

恒於秋月皎潔、負雛於山中往来。頭大尾長而細毛蛇尾、形如箒、黄質黒章如虎皮、長六七丈。

恒に秋月の皎潔なるときに、雛を負いて山中に往来す。頭大にして尾は長く細毛蛇尾、形は箒の如く、黄質黒章にして虎皮の如く、長さ六七丈なり。

いつも、秋の月がしらじらと清らかな夜には、コドモのライオンを背負って、山の中を往来している。その姿、頭はでかく(たてがみを含めて言っているのでしょう)、尻尾が長くて、細い毛が生えて、まるでヘビの尾のように動き、形はほうきのようである。体毛は黄色が基礎で、黒の模様が入っていて、トラに似ている。その体長は六〜七丈ほどある。

明清ごろの一丈≒3メートル強ですから、「六七丈」は20メートル前後です。

そんなにでかかったっけ・・・。

ライオンは山中を往来してどこにいくのか。

登山絶頂、望月垂涎、咆哮跳擲、猛飛呑月、有飛去八九里、十余里而墜死山谷者。

登山して絶頂にいたり、月を望みて涎を垂れ、咆哮し跳擲し、猛飛して月を呑まんとして、飛び去ること八九里、十余里にして山谷に墜死する者も有り。

山頂のあたりまで登って、夜空の月を見上げて、よだれを垂れ、うなり吼え、とびあがり地団太を踏み、ものすごく高く富んで月を食べようとするのだ。飛び上がって、そのまま谷に向かって落ちて行き、(一里≒550メートルで計算して)4〜5キロメートル、さらには5キロ以上も飛んで行って、谷底に落ちて死ぬものもいるのだ。

壮大ですね。

この国では、王者や富豪はライオンを飼うことをその地位のシンボルのように考えており、オリの中で、ウシをエサにして養っているのであるが、

時而吼如雷霆、満城震動。

時に吼ゆること雷霆の如く、満城震動す。

時おり吼えると、まるでカミナリが轟き落ちるようで、町中が震動するほどである。

どうやって捕まえるのか。その方法はただ一つしかない。

択礟手最精者、開地為阱、人匿其中、遇有負雛者来、乗其不備、燃礟斃之、而取其雛。

礟手の最精なる者を択びて、地を開きて阱となし、人その中に匿れて、雛を負うものの来たるに遇いて、その不備に乗じて礟を燃やしてこれを斃し、而してその雛を取る。

とにかく優れた鉄砲撃ちを雇う。鉄砲撃ちは(月のきれいな夜に)地面に穴を掘ってそこに隠れている。やがて、ライオンたちがやってくるが、その中にコドモライオンを背負っているやつがいると、必ずどこかにスキがある。そこを狙って火縄銃に火をつけて銃撃して倒し、親ライオンを殺しておいて、ぴーぴー泣いている子ライオンを捕まえるのだ。

それを育てるのである。

この鉄砲が当たらなかったらどうなるか。

倘一礟不中、則抛山裂石、人無類矣。

倘(も)し一礟中せずんば、すなわち山を抛げ石を裂き、人は類無し。

もしも、第一撃が命中しなかったら―――ライオンは激怒して、山をつかんで投げ、岩を砕いて大暴れする。その山中にその夜忍び込んだニンゲンの類など一人として残るはずがない。

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清・趙慎畛「楡巣雑識」より。胸がすかっとするような気宇壮大といいますか、どうでもいいや、こんな世の中、当然もう会社なんか行くもんか、という気持ちになれるお話ではないでしょうか。おいらたちコドモはドウブツのお話し好きだし。

 

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