さすがに毎日百人分食うのはたいへんである。
驚くべき話でもしようかな。
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戦国・斉の王族である孟嘗君さまは、「食客三千人」で有名ですが、その中で、
奉夏侯章以四馬百人之食、遇之甚歓。
夏侯章に奉ずるに四馬・百人の食(し)を以てし、これに遇えば甚だ歓ぶ。
夏侯章というひとには、四頭の馬を与え、百人分の食糧を支給し、本人に会えばたいへん歓待する、という手厚い扱いをしていた。
「百人の食」をもらってその人が毎日毎日それを食いまくっていた、のではなく、いわゆる百人扶持、百人の家族・家臣を養えるように給料をもらっていた、ということです。
ところが、
夏侯章毎言、未曽不毀孟嘗君也。
夏侯章は言うあるごとに、いまだかつて孟嘗君を毀(そし)らずんばあらざるなり。
この夏侯章というやつ、どこかで話をするたびに、孟嘗君のことを悪しざまに言うのである。
怪しからんやつですので、あるひとがそのことを孟嘗君に告げ口した。
「あの男にはお気をつけなされよ」
すると、孟嘗君はその人に
「よくお教えくだすった」
と感謝したあと、言った。
文有以事夏侯公矣。勿言。
文、以て夏侯公に事(つか)うる有るなり。言うなかれ。
「わたし(「文」は孟嘗君・田文の名前)が、夏侯どのをお世話しているのです。どうぞ放っておいてくだされ」
(なんと温厚な方なのであろうか)
と、そのひとは感心したそうです。が、何か事情があるのでしょうか。シモジモとしては知りたくなってきます。
董之繁菁、以問夏侯公。
董之繁菁(とうし・はんせい)、以て夏侯公に問う。
董の繁菁が、このことを夏侯どのに直接訊いてみた。
夏侯公はしばらく黙っていたが、やがて言った・・・。
孟嘗君重非諸侯也。而奉我四馬百人之食。我無分寸之功而得此。
孟嘗君は重きといえども諸侯にあらざるなり。しかるに我に四馬・百人の食を奉ず。我、分寸の功無くしてこれを得たり。
孟嘗さまは、いかにお偉いといえども斉王の臣下であって、君主ではない。それなのに、わしに四頭の馬と百人分の食糧を支給してくださっている(。わしが一人で食っているのではありませんぞ)。なんと、わしはお仕えしてから、何の功績もないのにこれだけいただいておるのですぞ。
いったいどうやってこの給料に見合うシゴトをすればいいのだろうか。わしは考えましたのじゃ。
然吾毀之、以為之也。
然れば吾、これを毀(そし)るは、以てこれが為にせんとなり。
そういうわけで、わしがあのひとのことを悪しざまに言うのは、それによってあのひとの役に立とうとしたのですじゃ。
君所以為長者、以吾毀之也。吾以身為孟嘗君、豈得持言也。
君の長者たる所以は、吾のこれを毀るを以てなり。吾は身を以て孟嘗君の爲にす、あに得て言を持せんや。
とのが温厚なひとだ、と言われるのは、わしがあのひとを悪しざまに言っているからですじゃ。わしはこうやって身を以て孟嘗どののためにハタラいているので、考え付いた悪口を言わないでおくことはできないのじゃよ。
「ええー! そうだったのか!」
と驚きましたか?
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「戦国策」巻四・斉上より。そうか、みなさんはいつもわたしのことを思って、わたしのことをあちこちで悪しざまに言ってくださってたんだなあ・・・うれしいなあ。
なお、今日は暑かったので「猛暑」と打とうとして「もうしょう」とタイプしてしまって、「孟嘗君」と変換されてしまったので、そのまま孟嘗君のお話をしてしまいました。