令和2年5月19日(火)  目次へ  前回に戻る

一週間に5〜6回ぐらいは食いすぎてすぐには立ち上がれないこともあるものである。そういうときのために言い訳を考えておくことも重要といえよう。

今日も雨でした。雨が降っていると立ち上がって飯食いに行くのも億劫ですね。

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戦国の初めのころのことでございます。

魏の文侯(在位前445〜前396)が政務を執っておられ、そのかたわらには賢者・田子方(孔子の高弟・子貢の弟子)が座し、そのまわりには多くの群臣や諮問に答える賓客たちが侍っておられました。

そこへ、太子の撃さま(後の魏武侯(在位前395〜前370))がお見えになりまして、お父君に敬意を表して、小走りに御前にお進みになりました。

その場におられた賓客や群臣は、太子がお見えになったので、みな起立して敬意を表した。

ところが、

田子方独不起。

田子方、ひとり起たず。

田子方だけが、立ち上がらなかった。

居眠りでもしているのであろうか、と思いましたが、起きているようです。

(太子に対して、もう少し敬意を表してもらえんものかのう)

(そうですよね)

文侯有不説之色。太子亦然。

文侯、説(よろこ)ばざるの色有り。太子また然り。

文侯さまは不愉快そうな顔をした。太子さまも同様である。

田子方はしばらく無言で二人と向かい合っていたが、ややあって、太子に向かって言った。

為子誦楚恭王之為太子也。

子のために、楚の恭王の太子たるを誦せん。

「あなたのために、楚の恭王さま(前590〜前560)が太子であったときのことをお話ししましょう」

「ほう、どんなお話ですかな」

太子時代の恭王があるとき、どんな御用があったのか不明ですが、

将出之雲夢、遇大夫工尹。工尹遂趨避家人之門中。

まさに雲夢(うんぼう)に出でんとして、大夫・工尹と遇う。工尹遂(に)げて家人の門中に趨りて避く。

雲夢(うんぼう)の大湿地帯に出かけようとして郊外に出たとき、たまたま重臣の技術監督官(の馬車)に出会った。技術監督官は、太子に敬意を表して、道ばたの一般農家の門の中に入って、道を避けた。

すると、

太子下車、従之家人之門中。

太子下車し、従いて家人の門中に之(ゆ)く。

太子はひょいと自分の馬車から飛び降りて、そのあとから一般農家の門の中に入って行った。

そして、技術監督官をつかまえて、問いましたことには、

子大夫何為其若是。吾聞之、敬其父者、不兼其子。兼其子者不祥莫大焉。子大夫何為其若是。

子大夫、何すれぞそれ是くのごとき。吾これを聞く、その父を敬う者はその子を兼ねず。その子を兼ぬる者は不祥なること焉(これ)より大なるなし。子大夫、何すれぞそれ是くのごときか。

「大夫どの。どうしてそんなこと(わたしに敬意を表して避けたこと)をされるのですか。わたしが聞き及んでおりますことには、父親に仕えて敬意を表している者は、その息子にも敬意を表することはできないのだ、その息子にも敬意を表す者は、これ以上ないぐらいオロカモノである、と。大夫どの。どうしてそんなことをされるのですか」

工尹(技術監督官)は答えて言った、

向吾望見子之面、今而記子之心。

さきに吾、子の面を望み見たるのみ、今にして子の心を記せり。

「さきほど、わたしは太子さまのお顔を遠くから拝見いたしました。(そこで、表面的に太子さまに敬意を表して道を避けただけです。)今となっては、太子さまのお心がようくわかりました(ので、もう今後は避けることはいたしますまい)」

と。

「さて、いまわたくしは、

為子起歟、無如礼何。不為子起歟、無如罪何。

子のために起たんか、礼を如何ともする無し。子のために起たざらんか、罪を如何ともする無し。

太子さまのために立ち上がりますと、(主君以外の者には、立ち上がってお迎えするものではない、という)礼の教えがございまして、どうしようもございません。太子さまのためには立ち上がらないでおこうとしますと、(このようにぎろぎろと睨まれて)罪を受けることになるのでございましょうが、どうしようもございません。

審如此、爾将何之。

審らかにすることかくの如し、爾まさにいずくにか之(ゆ)く。

このようにはっきり申し上げさせていただきました。さて、太子さま、あなたならどちらをお採りになりますか」

これを聞きまして、文侯さまは、

「うおっほん」

と咳払いして、にこにこして曰く、

善。

善し。

「いいことを言うのう」

と。

太子は、

前誦恭王之言、誦三遍而請習之。

前(すす)みて恭王の言を誦して、誦すること三たび遍し、而してこれを習わんことを請えり。

前に進み出まして、いま聞いた楚の恭王のコトバ「子大夫何すれぞかくのごとし・・・」を唱えました。三回全文を繰り返して、それから「これを覚えさせていただきます」とおっしゃった。

といいます。

感動したんですね。

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「説苑」巻十・敬慎篇より。億劫がらずに敬意ぐらい表してあげればいいのになあ、と思ってしまいました。

 

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