「くりー」「でかい栗でちゅん。これを食えば三日ぐらい腹いっぱいでいられるかもでちゅん」
文化の日の振替休日で、洞穴から出なくても済んだので、今日も暗闇の中だ。明日平日なので洞穴から追い出されるのですが、暗闇から出たら眩しさに堪え切れないのでは。
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むかしむかし、戦国のころ、楚王が於陵(おりょう)の草履づくりである子終(ししゅう)の賢者であることを聞き及び、宰相にしようと使者に百金を持たせて迎えに出した。
子終は使者の口上を聞いて、しかしなんやらもごもごと悩んでいる様子。
「子終どの、お受けするしかありませぬぞ」
と使者が強く言うと、子終は、
僕有箕箒之妾、請入与計之。
僕に箕箒(きそう)の妾有り、請う、入りてこれと計らん。
「わたしには、ちりとりとほうきを持つ下女(=女房)がおりまして・・・、すまんが家に帰ってそいつと相談したいのです」
「むむむ」
子終は家に入って行って、その妻に言った、
「楚の王さまが、わしを宰相にしたいと言って、使者どのに金百枚を持たせてきた。
今日為相、明日結駟連騎、食方丈于前。可乎。
今日相と為れば、明日駟(し)を結び騎を連ね、方丈を前にして食らわん。可ならんか。
「今ここで宰相となれば、明日からは四頭立ての馬車に乗り、騎馬武者の行列を引き連れ、一丈四方のでかいお膳に料理を並べて食う(ような生活をする)ことになるのだが、いいと思わんか?」
四頭立てはどうでもいいが、でかいお膳は興味が湧いてきますね。戦国期の「一丈」は2.25メートルだそうです。いったい何人前が並ぶことであろうか。
すると、妻は言った、
夫子織屩以為食、非与物無治也。左琴右書楽亦在其中矣。
夫子は屨(く)を織りて以て食を為す、物と治まり無きにあらざるなり。琴を左にし書を右にす、楽しみまたその中に在らん。
「おまえさまは麻の草履を織って、それでおまんまを稼いでおられるのじゃが、それで外界と関係はうまく行っているのではないかいな。(仕事が終われば)左側に琴を置き、右側に書物を置いて、(孔子の一番弟子の顔回さまが、竹の器に盛り切りの飯を食い、ひょうたんに入れた水を飲む、というだけの生活でも「楽しみはその中に在り」とおっしゃったように、)おまえさまも楽しく暮らしておられるではありますまいか」
「うーん、確かにそうだなあ」
妻はさらに言った、
夫結駟連騎、所安不過容膝。食方丈於前、所安不過一肉。今以容膝之安、一肉之味、而懐楚国之憂、其可楽乎。乱世多害、妾恐先生之不保命也。
それ、駟を結び騎を連ぬとも安んずるところは膝を容るるに過ぎず。前に方丈なるを食らうも安んずるところは一肉に過ぎず。今、膝を容るるの安きと一肉の味を以て、而して楚国の憂いを懐(おも)うは、それ楽しかるべけんや。乱世に害多し、妾恐る、先生の命を保たざることを。
「それに、四頭立ての馬車に乗り、騎馬武者の行列を引き連れていたって、結局自分に必要なのはこの両ひざを置くだけの場所でしょう? 一丈四方のでかいお膳に料理を並べて食うといったって、結局自分に必要なのは一切れのうまい肉だけでしょう? おまえさまは今、両ひざを置くだけの場所と一切れの肉のうまさと引き換えに、楚の国全体の心配事を引き受けようというのだけど、それは楽しいことでしょうかね? もう一つ、この乱れた時代、どこでヤラれるか知れたものではない。おまえさま(のようなボケた人)は、どこかで命まで奪われてしまうんだろうねえ、絶対にね」
そして、
「あたしまで巻き添えになるのはごめんだよ」
と女房は荷物をまとめにかかった。
「なるほどなあ」
於是子終出、謝使者而不許也。
ここにおいて子終出で、使者に謝して許さざりき。
そこで、子終は家から出て来て、使者に謝罪し、宰相になることを引き受けなかった。
「そうですか・・・」
と使者は帰っていきました。
次の日、
遂相与逃。
遂に相ともに逃る。
結局、子終とその女房は二人で逃亡してしまっていた。
楚の王さまが、
「それはまことの賢者である。その奥さまともどもお迎え申し上げるのじゃ」
とまた使者を遣わせてきたときには、二人ともどこに行ったのか、誰も知らなかったのだ。
後に、伝え聞くところでは、
為人灌園。
人のために園に灌(そそ)ぐ。
他人に雇われて、その畑で水やりなどの労働をしていたそうだ。
自作農であることを止めて、小作農でさえなく、農業労働者として雇用され、何にも考えず何も判断しないような生活を送ったということである。
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漢・劉向「古列女伝」巻二賢明篇より。たいへんな女性ですね。2.25メートルのお膳を辞退してダイエットに努めたのだから、強い自制心のあるひとだったのであろう。
はるか後世、自由人・寒山が歌いて曰く、
琴書須自随。 琴書はすべからく自随すべし。
禄位用何為。 禄位は用いて何をか為さん。
投輦従賢婦。 輦を投げうちて賢婦に従わん。
常念鶺鴒巣、 常に念(おも)え、鶺鴒の巣くうに、
安身在一枝。 身を安んずるは一枝に在りと。
琴と書物はどうしても身の回りに置いておかんといかんぞ。
俸禄や地位を(もらったとしてもそれを)使って、いったい何をするつもりなのじゃ。
(豪華な)人力車なんかうっちゃって、カシコい女房に従おう。
いつも心に忘れるでないぞ、セキレイは巣をつくるとき、
(如何に深い森の中でも)ただ一本の枝があればそこに安住しているものだ、ということを。
すばらしい。セキレイの話はたしか「荘子」にどこかに書いてあるんですが、すぐに探すの疲れるので、また明日(以降)とさせていただきます。三日も休んでいたんで心がのびやかになってこんなお話を紹介してしまいましたが、その間にまたすごい深夜になってしまっているんです。明日も休み・・・ではないよなー。