今日は気温が上がったうえに、台風が来るというので波が高くなってきた。カッパは稼ぎ時であり、やる気を出している。モグはダメだ。
台風が来るというとその前日は何やらワクワクしてくるものだが、今夜はあまり力が湧いてきません。もう年老いてしまったからだろうなあ。
今は年老いたこのわしが、若いころに老賢者から聞いたお話をいたしましょう・・・・
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いつかの時代、どこかの場所に、暗闇の谷(原文は「冥谷」)という土地があって、その土地のひとたちは太陽を恐ろしいものと考えて、
恒穴土而居陰。
恒に穴土して陰に居れり。
常に地面に横穴を掘って、その穴の中で暮らしていた。
代々そんな暮らしをしていたので、太陽の光を長く浴びると倒れてしまうような体質になってしまっていたそうなんです。
ある年、この地に、知恵のあるヘビがやってきた。このヘビ、
能作霧。謹事之、出入憑焉。
よく霧を作(おこ)す。謹みてこれに事(つか)え、出入に憑(よ)れり。
その口から霧を吐き出すことができた。暗闇の谷のひとびとは、このヘビを篤く奉戴し、(ヘビに霧を吐き出してもらって、)穴の家からの出入りの際にはヘビの起こした霧を頼みにした。
霧のおかげで直射日光に当たらなくてすむのです。ありがたや。
やがてこのヘビのおかげで、
其国昼夜霧。
その国、昼夜霧す。
暗闇の谷の一帯は、昼も夜も霧に隠れるようになったのであった。
ヘビの手先として働いている神がかりのおばば(「巫」をこう訳した)は、ひとびとに、
吾神已食日矣。日亡矣。
吾が神はすでに日を食えり。日、亡びたり。
「われらが神、知恵あるヘビは、すでにもう太陽をお食べくださったのじゃ! もう太陽はこの世に無いのじゃ!」
と告げ知らせた。
ひとびとはこのコトバを信じて、
天無日也。
天に日無きなり。
「もう空には太陽は無いのだ!」
と言い合って、
尽廃其穴之居而処塏。
ことごとくその穴の居を廃して塏に処れり。
これまで住んでいた横穴の家から出て、高台に暮らすようになった。
「塏」(がい)は「高台」「湿気の無い乾燥した土地」。
ある日、見知らぬ若い旅人がやってきて、谷に宿を求めた。実は彼こそ、世界を旅する太陽の国の王子・之崦(しえん)(「羲和氏之子之崦」を左のように意訳しました)であったのだ。
子崦は、この谷のひとびとが知恵あるヘビの力で太陽はすでに滅んだ、と信じていることを知って、告げ教えた。
日不亡也。子之所翳者霧也。霧之氛可以晦日景、而焉能亡日。日与天同其久者也。悪乎亡。
日は亡びざるなり。子の翳るところは霧なり。霧の氛(ふん)以て日景を晦(くら)ますべきも、いずくんぞよく日を亡ぼさんや。日は天とその久しきを同じくする者なり。いずくんぞ亡びん。
「太陽は無くなってなぞいませんぞ。あなたがたを日光から遮っているのは、霧です。霧のガスはたしかに日の光を暗くすることができるでしょうが、どうして太陽を滅ぼすことができるでしょうか。だいたい、太陽というのは、空と同じく永久に存在するもので、どうして無くなることがありますか。
それから、
吾聞之陰不勝陽、妖不勝正。蛇陰妖也、鬼神之所詰、雷霆之所射也。今乗天之用否而逞其姦、又人之譌以憑其妖。妖其能久乎。
吾これを聞く、陰は陽に勝たず、妖は正に勝たず、と。蛇は陰の妖なり、鬼神の詰するところ、雷霆の射るところなり。今、天の用否に乗じてその姦を逞しうし、また人の譌(が)して以てその妖に憑る。妖それよく久しからんや。
「譌」(が)は本来は「(田舎者などが)なまってしゃべる」という意味ですが、ここでは「偽」の代わりに用いられています。
わたしは次のようなコトバを聞いたことがあります。「ひかげのひなたにまさることあらず、妖しきものの正しきものにまさることもあらず」と。ヘビはひかげの妖しきものだ。精霊たちがその動きを察知し、雷霆を以て攻撃する対象なのです。今はただ、運命のめぐりの隙間に乗じてその悪行を逞しくし、またこれを利用しようとする人間のいつわり言が加わって、力を振るっているように見えるだけで、妖しきものがどうして長く存在することができるでしょうか。
忠告しておきましょう。
夫穴子之旧居也、今以譌致妖、而棄其嘗居。蛇死霧必散、日之赫赫、其可当乎。
夫(か)の穴は子の旧居なり、今、譌を以て妖を致し、その嘗ての居を棄つ。蛇死して霧必ず散ずれば、日の赫赫(かくかく)たる、それ当たるべけんや。
あの横穴はあなたがたの以前の住居であったそうではありませんか。今、いつわり言を信じて妖かしのものに支配され、かつての住居を棄ててしまっている。しかし、命あるものである以上、ヘビは必ず死にます。ヘビが死ねば必ず霧は霽(は)れてしまいます。そうすれば、太陽の光があかあかと射してくるのを、何が妨げることができるでしょうか。
横穴に戻って、霧の霽れたときに備えなさい」
「なんと」
国人謀諸巫、巫恐洩其紿、遂沮之。
国人これを巫に謀るに、巫その紿(あざむき)の洩るるを恐れてついにこれを沮む。
暗闇の谷のひとびとは、王子の忠告を神がかりのばばあに告げて、どうすればいいのか質した。ばばあはこれまでひとびとを欺いてきたのがバレるのを恐れて、「旅の者のコトバにうろたえるではない。ヘビ神さまを信ずるのじゃ」とひとびとが横穴に戻るのを許さなかった。
ひとびとは王子のもとに戻り、
「おばばさまが許されぬでのう・・・」
と告げて、王子の忠告に従おうとしなかったので、
「それならば勝手にするがよかろう」
太陽の国の王子は嘲笑いながら去って行った。
未朞月、雷殺蛇、蛇死而霧散、冥谷之人、相呴而槁。
いまだ朞月(きげつ)ならずして、雷、蛇を殺し、蛇死して霧散じて、冥谷の人、相呴(あいこう)して槁(か)れゆけり。
それから一か月も経たないうちに、カミナリが落ちて知恵あるヘビを殺した。ヘビが死ぬと霧が霽れはじめ、暗闇の谷のひとたちは、直射日光を浴びて、お互いに叫び合いながら乾燥して死んで行った・・・。
わーい、かわいそうだなあ。
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明・劉基「郁離子」巻上より。これは寓言です。寓言は、読んだひとが好きなことの比喩に使ってもいいのです。おいらは「知恵のあるヘビ」を「ポリティカル・コレクト」と読み替えてみようかなー。