世俗の圧力に負けないように、ぶたパン食べるでぶー。
今日は偉いひとに中華料理奢ってもらってきました。緊張したが美味かった。
さて、令和最初の台風が近づいているそうで、いま紀伊半島南ぐらいまで来ているとのこと。梅雨前線も活発化して雨と風とムシムシ湿気が南関東にも入り込んできた。一部体が痒い。
季節は少し違いますが、雨と風、ということで、↓こんなお話をしてみます。今日の人は若いころは税務署にもいたそうですし。
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宋の時代のことですが、潘大臨という貧乏読書人がいた。友人・謝無逸から「最近の詩作があれば見せてくれ」と言われて、答えて曰く、
秋来景物、件件是佳句、恨為俗気所蔽殺。
秋来の景物、件件これ佳句なるも、恨むらくは俗気の蔽殺するところと為れり。
「秋になって、いろんな風物について、どれもこれもいい詩句をつくれそうになるのだが、恨めしいことに、世俗の圧力に押しつぶされてしまうんだよなあ」
「ほう、たとえば?」
昨日フ臥、聞撹林風雨声、欣然起、題其壁。
昨日フ臥して、撹林の風雨の声を聞き、欣然として起きて、その壁に題せり。
「昨日ヒマで気持ちよくうとうとしていたところ、林をがさがさ言わせて風と雨の音が聞こえてきた。わしはハイになって起きだすと、そこの壁に詩を書き出したんじゃ」
指さされてそちらを見ますと、
曰、満城風雨近重陽。
曰く、満城の風雨、重陽近し。
そこには―――町中に風と雨が満ち溢れる。重陽(旧暦九月九日)の季節が近づいてきたのだ!
と書きつけられていた。
「ところが、じゃ・・・
忽催租人至、遂敗興。止此一句奉寄。
忽ち催租の人至りて、遂に興を敗る。ただこの一句を奉寄せん。
そこへ突然、税金の取り立て人が訪ねてきて、(「早く納めていただけませんかな」「いやもう少し・・・」とやりとりするうちに)詩を書く気分なんかぶっ壊れてしまった。そこでこの一句だけを、君に贈る」
続きは自分で考えてねー。
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宋・釈恵洪「冷齋夜話」より。古典チャイナでは役人は免税ですが、読書人階級とはいえ役人になれないと税金は支払わねばならないんです。北宋期はそんなに税金は高くなかったと言われますが、たいへんだなあ。
六百年ぐらい後で清の心斎・張潮も、税金納めるのめんどうくさいと思いながら(宋代とは税制が変化しておりますが)、こんなふうに言っております。(「幽夢影」八十一則)
厭催租之敗意、亟宜早早完糧。喜老衲之談禅、難免常常布施。
催租の意を敗るを厭わば、亟(すみや)かに早早と完糧すべし。老衲(ろうどう)の禅を談ずるを喜ばば、常常の布施を免れず。
税金取り立て人が詩心をぶち壊すのがイヤならば、早いところ年貢を完納してしまわねばならん。老僧の禅話を聞くのを楽しみにするならば、いつもいつものお布施は必要じゃ。
他の章とちがって、この章に評語をつけているのは僧侶の方ばかりです。
釈中洲の評語:居士輩之実情、吾僧家之私冀、直被一筆写出矣。
居士輩の実情、吾が僧家の私冀、直に一筆に写出せられたり。
在家信者のみなさまのまことの事情、わたしども僧侶のひそかな願い、どちらもたった一行に、みごとに書き表しておる!
瞎尊者の評語:我不会談禅、亦不敢妄求布施。惟フ写青山売耳。
我は禅を談ずるを会せず、またあえて布施を妄求せず。ただフに青山を写して売るのみ。
わしは禅話を理解しておりませんぞ。それに、みなさまにお布施を下されと闇雲にお願いもしまぜんぞ。ただヒマに任せて青山の絵を描いておりますので、それを買っていただきたい。
坊主どもは税金を払わないので税金にはあまり興味はないようである。俗人には、わしのように洞穴に入っていても税金はかかるというのに。