わたしも何度かネコの町に足を踏み入れてしまったことがある。世俗社会にはいろいろナゾの世界があるのだなあ。
そろそろと春が近づいてまいりましたなあ。そろそろ洞穴の中から外を覗いてみようかな、と思ったんですが・・・。
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宋の時代のお話です。
河南・滑州の町から南に数里行ったところ、黄河のほとりに古い滑台城の跡があるが、その北側に河に突き出した岬上の地形があって、
上立浮図、亦不甚高大。
上に浮図立つもまた甚だしくは高大ならず。
そこには仏塔が建っていた。それほど高いものではなかった。
「浮図」(ふと)は、「ブッダ」の音訳ですね。「仏」のほか、「仏教」「仏寺」「僧侶」などとにかく仏教関係のいろんなものの意味に用いられます。
黄河の水嵩が増し氾濫の惧れがあるとき、
其勢横怒欲没孤城、毎至塔下輒怒気遽息、若不泛溢、及過滑台城址則横怒如故。
その勢横怒して孤城を没せしめんとするも、塔下に至るごとにすなわち怒気にわかに息(や)み、泛溢せざるがごとく、滑台城址を過ぐるに及びて横怒もとの如し。
その水の勢いは、怒りに満ちて河のほとりの城を沈めてしまおうかというほどなのだが、その塔の下まで来ると怒気が突然おさまり、あふれることなど無いようにみえるのだ。しかし、滑台の古城のあとを通り過ぎると、再び激しい怒りに満ちた流れとなるのである。
この岬は、
殆天与滑台而設也。
ほとんど天の滑台のためにして設くるならん。
大自然が滑台城のために設けた天然の防波堤なのではないかと思えるのである。
・・・「そういうところだから築城したのではないんですか?」というゲンダイ人的な突っ込みは野暮だから止めておきます。
その仏塔を観に行ってみた。仏塔もまた古いものらしく、すでにあちこちが壊れはじめていたが、案内の老僧に導かれて暗い塔内に入ってみると、
塔中安仏。
塔中に仏を安んず。
塔の中には、仏像が安置されていた。
巨大な、そして異様な像であった。なによりその頭部が異常なのだ。
髪長及二丈。
髪ありて長さ二丈に及ぶ。
髪が生えている。その長さは三メートル以上もあろうか。
「こんな髪の生えた仏像を見たことがないが・・・」
「ひひひ。もとは数尺だったようですじゃが、年々どういうわけか知りませぬが伸びてくるのでございましてのう、ひっひっひ・・・」
と老僧はともし火でその髪を照らしつつ、笑った。
「人間の髪の毛より太いな」
「ひひひ・・・」
髪の毛をたどっていくと、仏像の頭の上には、
有奇拳為巨螺、其大如容数升物之器。
奇拳有りて巨螺を為し、その大いさ数升物を容るるが如きの器なり。
不思議な形の、こぶしのような形をした螺髪(らほつ)が載せられている。大きさ数十リットルの容積がありそうな物体である。
「奇妙な螺髪だな」
「その螺髪の中に、髪の本体が入っている、といわれておりますのでな。見たことはございませぬがのう、ひっひっひ・・・」
「ほんたい?」
「ひっひっひ」
髪之色、非赤非青非緑、人間無此色也。
髪の色、赤にあらず青にあらず緑にあらず、人間(じんかん)にこの色無きなり。
ともし火のあかりに浮かぶその髪の色は、赤いともいえず、青いともいえず、緑とも言えない。不透明な、しかし光沢のある黒に近い色・・・人間社会にこの色のことを現わすコトバが無いのだ。
「こちらをご覧くだされ。ひっひっひっひ・・・」
老僧が螺髪のあたりにともし火を向けると、
髪根大於人指、自根至杪漸殺焉。
髪根、人の指よりも大きく、根より杪に至りて漸殺(ぜんさい)せり。
螺髪から出ている髪の根っこの部分は、人の指よりも太いのだ。その根から先の方に行くにしたがって少しづつ細くなってくるのである。
「どういたしましょうかな。力士を呼んでこの髪を引っ張らせてみますかな? 螺髪の中がどうなっているか、わしも気になっておりますでのう、いいっひっひっひっひっひ・・・」
「いや・・・よしておこう」
わたしはなお笑っている老僧を促して、暗い塔を出てきたものであった。
後に聞いたところでは、以前に、この髪を引っ張らせた者がいたというのである。
使両人対牽之。
両人をして対してこれを牽かしむ。
二人の者に両側から髪を引っ張らせ、螺髪を浮かせて中を覗いたという。
螺髪の中には何も無く、
人自其中来往無礙。
人その中より来往するも礙ぐる無し。
ひとがその中に入ったり出たりするのに、何かに触れることも無かった。
と聞いたが、本当のことだかどうかわからない。
そういえば、
塔有賜名、忘之矣。
塔に賜名有るもこれを忘る。
この塔には、いにしえの帝王が与えた名前があったやに聞いたが、その名前が思いだせない。
老僧からその名前を聞いたときに、「ああ、これはこの世のコトバではない、忘れた方がよいだろう・・・」と思った記憶だけがある。
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宋・康与之「昨夢録」より。同書は作者の見聞を記録したものなのですが、「四庫全書提要」に
唐人小説之末流、益無取矣。
唐人小説の末流なり、益取る無し。
唐の時代の伝奇小説の末流である。読んでもためになることなど無い。
と評されるだけあって、不条理系のコワい話に満ちています。「鬼婚」(死後のケッコン)の話など有名です。わたしもこの本読んで、外の世界がコワくなってきたので、やっぱりまだしばらく洞穴の中にいることにしました。四月になってから出ようかな。