「やっと週末でぴょん」「また来週が来ると思うとやる気がないのでぴょん」と意見は二つに分かれる。
三月になりました。週末なのでめでたいが、来週もまたシゴトがあるので目出度さも半分ぐらいである。
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五代十国の乱世のころ、浙江・呉興で
羅捕者得一鳶、紫翠色俊鷙可喜。
羅捕者一鳶を得るに、紫翠色にして俊鷙喜ぶべきなり。
網で鳥を捕る猟師が一羽のトビを捕まえた。青紫色ですばやく獰猛な、かっこいいやつである。
「これはすばらしいだぞ」
田舎者の朱神佐という男、
以謂銭俶初即位、此是珍祥献之必推賞典。
以謂(おも)えらく、「銭俶初めて即位す、これこの珍祥これを献ずれば必ず賞典に推されん」と。
「ちょうど銭俶さまがご即位なすったばかりだからな。こんな珍しい祥瑞をご献上すれば、必ずご褒美がもらえるはずだぞ」と考えた。
「銭俶」とは、十国の一である呉越国の支配者である呉越王・銭弘俶のことで、彼の即位は後漢の乾佑元年(948)である。
朱神佐は、
即重価償羅者、携諸杭。
即ち重価にて羅者に償い、これを杭に携う。
すぐさま莫大な金額を猟師に支払ってこの鳶を買い取り、それを持って(呉越国の)杭州に向かった。
杭州では各方面で
「これは目出度そうなやつじゃ」
と評価され、献上する手はずになったのだが、ところが―――
将献鳶無故而殞。
まさに鳶を献ぜんとして、故無くして殞せり。
この鳶を献上しようとする手続きを開始したところで、鳶は突然死んでしまったのである。
滑稽者多以半端之言、嘲神佐。
滑稽者、多く「半瑞」の言を以て、神佐を嘲す。
お笑い芸人たちは、みな(瑞祥になる前に死んでしまったので)「半分までは目出度かったのにぃ」と朱神佐を笑いのタネにしたものである。
わははは。
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「清異録」巻二より。ああ、われらに、半分ではなくて本当に目出度い日が来るのはいつのことだろうか。