「どけどけでピヨ―!」とニワトリ軍団が通る。行きすぎようとするものをムリに遮ってはいけない。
もうダメだ。明日は平日。じっとしているといろいろ考えてしまってイヤになってきますので、とりあえず出かけることにします。現世にいたくなる理由がだんだん減ってきているので、そろそろどこか遠くに行ってしまうカモ。
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唐の時代のことでございます。
宰相の陳希烈の家に「鬼」(幽霊)が現れた。
その姿は見えないのだが、
或詠詩、或歌呼、声甚微細激切、而歴歴可聴。
或いは詩を詠じ、或いは歌い呼び、声はなはだ微細にして激切、而して歴歴として聴くべし。
あるときは詩を詠みあげ、あるときには歌い、叫び、好き放題である。その声はたいへん微かなのだが、激しく切実で、はっきりと聞こえるのであった。
「うるさいなあ」
家人問之曰、汝何人而在此。
家人これに問いて曰く、「汝、何人たりてここに在りや」と。
陳家のひと、この幽霊に訊いてみた。
「おまえはいったいどこのだれで、ここに現れた理由は何なのですかな?」
すると、幽霊は答えて言った、
吾此中戯遊、遊畢当去。
「吾、この中に戯れ遊ぶのみ、遊ぶこと畢ればまさに去るべし」
「わたしは(こちらに怨みがあるわけではなく)ここにふらふらと戯れに来たんです。ふらふらするのが終わったらどこかに行きますよ」
そして、
或索衣服、或求飲食、得之即喜、不得即罵。
あるいは衣服を索め、あるいは飲食を索ね、これを得れば即ち喜び、得ざれば即ち罵る。
あるときは衣服を寄越せ、あるときは飲み食いさせろ、と求め、得させてやると喜ぶのだが、断ると文句を言いまくる。
如此数朝。
かくの如く数朝す。
こんな状態で数日過ぎた。
「いい加減にしてもらいたいものですなあ。祈祷師でも呼ぶか」
と言ってますと、その日から
忽談及経史、鬼甚博覧。
忽ち談は経史に及び、鬼はなはだ博覧なり。
突然、哲学思想や歴史の話をしはじめた。聞いていると、この幽霊はたいへんいろんなことを知っているようである。
そこで、親戚筋の博識な季履済というひとを連れてきて相手をさせてみた。
一日話した後、幽霊が季履済に言うには、
吾因行、故於此戯。聞君特諭、今日豁然。然有事当去、君好住。
吾行かんとするに因り、故にここに戯る。君が特に諭せらるるを聞き、今日豁然たり。しかれば事のまさに去るべき有り、君よろしく住(とどま)るべし。
「わたしは旅の途上で、しばらくここで戯れていたんですが、あなたからいろいろ話してもらって、おかげで今日、いろんなことがすっきりしました。あなたともっと話していたいのですが、どうやらそういうわけにもいかないようなので、わたしはこれから行きます。あなたはもうしばらくここにおられるがよろしかろう」
因去。
因りて去れり。
そしていなくなってしまった。
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唐・牛粛「紀聞」巻八より。連れていかれなくてよかったですね。
ああ、だが、このうるさい幽霊でさえいなくなるとなんだか寂しいではありませんか。わたしなんかでも、いなくなると寂しいかも知れませんよ。誰か呼び止めるひとはいないのか。