「おれたちが手を握れば、ニンゲンなど恐れることはニャいニャぞ」「チュウ―――!」と、闇に紛れて悪と悪とが手を握っている・・・かも知れないのだ。
週末になりました。明日は遠出してまいります。遠出の前に先週見つけたすごい方々のお話をさせていただきます。
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清の時代のことでございます。上海分司の役所に
有巨鼠二、盤踞十数年、滋生無数。衣裘什物、輒被毀噛、白日亦往往徐行無忌。
巨鼠二有りて、盤踞すること十数年、滋生するもの無数なり。衣裘什物、すなわち毀噛せられ、白日にもまた往々徐行して忌むこと無し。
巨大ネズミが二匹いた。十数年にわたって居座り、無数の子孫を養い育て、署内の衣服・毛皮・日用品などすべて齧り壊されてしまい、真昼間にもなんの遠慮も無くゆったりと歩きまわっていたのである。
軍人あがりの搶崇キは大いに憤慨して、
「やつらを退治する」
と息巻き、
遍覓善撲猫。入穴、転爲所噬。以薬、似預知者、悉傾之。
善く撲する猫を遍く覓む。穴に入るに、転じて噬むとこと為る。薬を以てするに、預知する者のごとく、悉くこれを傾く。
ネズミを退治するのが得意だというネコをあちこちで探してくるのだが、これをネズミ穴に入れると、かえって齧られて逃げ出してくる始末。液体の殺鼠剤を使ってみたが、何でも知っているかのように、液剤を入れた皿はひっくり返されてしまう。
「むむむ・・・」
合署爲之不安。
合署これがために安んぜず。
署内は、このネズミたちのためにいつも何やら落ち着かなかったのである。
―――そんなある日、搶崇キが揚州の本署に出張したときのこと、たまたま浙江の旗人に仕える兵士の詰所に一枚の張り紙があるのが目についた。
以失去神猫、有送信者、酬銀八両。
神猫を失去せるを以て、送信者有れば、銀八両を酬わん。
超絶ネコさまが行方不明になっておられます。その行方を御存じの方はお知らせください。銀貨八枚をお礼に差し上げます。
「ほほう・・・」
署長は気になって、兵士を呼び出して訊いてみると、
此猫所在、鼠皆就死。
この猫の在るところ、鼠みな死に就く。
「この超絶ネコさまがおられますと、そのあたりのネズミはみんな死んでしまいます」
というのであった。
「それはありがたい」
爾猫果尋得、能爲我署中除害、当以五十金相酬。
爾の猫果たして尋ね得て、よく我が署中の害を除くを為さば、まさに五十金を以て相酬わん。
「おまえのネコがもし見つかったら、わしのところに連れてきてくれんか。もし我が署内の害を退治してくれたなら、金貨五十枚を遣わそう」
「金貨五十枚ですか! いや、超絶ネコさまがわたしの言うことを聞いてくれるかどうかわかりませんが、そんな巨大ネズミがいるなら、おそらくご興味をお持ちになると思います」
数か月後、この兵士は、一匹のネコをうやうやしく抱いて上海分司にやってきた。
ネコの様子は、
短項突睛虎斑、状果雄偉。
短項にして突睛、虎斑、状果たして雄偉なり。
首は短く、ひとみは飛び出し、トラ模様で、その様子は実に雄々しく、大きくいらせられた。
「実は・・・」
と搶崇キが言うに、
鼠已先期五六日、寂不聞声。
鼠すでに先期すること五六日、寂として声を聞かず。
「巨大ネズミは五六日前から、何やら感じ取ったものか、なりを潜めて声も聞こえないのじゃ」
「そうですか」
ところが超絶ネコさまは兵士の腕からするりとお降りになると、のそのそとネズミ穴の前まで行かれた。そこを覗き込んだりした後、兵士に向かって、
「ニャニャニャンニャ」
と何やら指示するように鳴いた。
「はい、わかりました」
兵士は搶崇キに、
「超絶ネコさまは、そこらの普通ネコを一匹連れてこい、とおっしゃっておられるんです」
「む、むむむ・・・」
署長は以前ネズミに敗れた普通ネコを一匹連れてきた。普通ネコはネズミ穴を見るとぶるぶると怖れたが、超絶ネコさまが
「ニャニャンニャ!」
とご命令になると、
「ニャンス」
と鳴きまして、
至穴口欲入。已爲巨鼠噬其耳、狼狽去。
穴口に至りて入らんとす。已に巨鼠のその耳を噬むところと為り、狼狽して去れり。
穴の入り口近くまで行き、そこから入ろうとした。すると、
チュウ―――――!!!!!!!
と鳴いて、巨大ネズミが飛び出して、普通ネコの耳をかじったので、普通ネコは「ニャニャン!」と鳴いて逃げ出した。
これをじっと見ていた超絶ネコさま、敵を見切ったのであろうか、ゆっくりと穴の近くに進まれ、
佯若不勝、臥穴外。
佯りて勝えざるがごとくして、穴外に臥す。
恐怖しているような真似をしながら、その穴の前に寝転んだ。
チュウ―――――!!!!!!!
二鼠躍出夾攻。
二鼠、躍り出でて夾攻す。
二匹のネズミは、飛び出してきて、超絶ネコさまを挟み撃ちにした!
ニャニャンスッ!!!!!!!!
狂吼一声。
狂吼すること一声なり。
超絶ネコさまは、すさまじい声で一吠えした。
その瞬時のうちに、
牝鼠傷。
牝鼠、傷つけり。
メスの方の巨大ネズミは傷を負って穴に逃げ込んだ。
一方、
牡鼠悉力相搏、断喉死。
牡鼠、力を悉くして相搏つも、喉を断たれて死す。
オスの巨大ネズミは、すさまじい力で超絶ネコさまに歯向かい、ぶつかりあったが、のどを噛み切られて、死んだ。
わずかな間に二大敵をお倒しになった超絶ネコさまは、獲物を見下ろして、「ニヤリ」と笑ったのであった。
死んだ巨大ネズミの身体を持ち上げ、
秤之得三十斤。
これを秤るに三十斤を得たり。
はかりで量ってみたところ、約20キログラムもあった。
搶崇キは傷ついたとはいえまだメスネズミもいることから、
購以百金。
百金を以て購わんとす。
「金貨百枚で超絶ネコを譲ってくれんか」
と頼んだところ、兵士は超絶ネコさまに何やらネコのコトバで訊ねたが、超絶ネコさまはかったるそうに
「ニャンヌ」
とおっしゃり、兵士は
「超絶ネコさまは、お断りになられる、ということです」
と伝えて、
携去。
携え去れり。
抱きかかえて帰って行ったのであった。
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「翼駉稗編」巻六より。これは筆者の湯用中さんが搶崇キ(晄~というひとだそうです)自らから聞いた話だそうですから、実話です。さすがチャイナには、ネコやネズミにもすごい方々がおられたのだなあ。
明日は所用により更新休みます。