ぶたとのも「怪しからん!」と激怒する・・・かも知れない。
雨がよく降りますね。しかし週末なのでこころがのびやかになったので、今日はヤバそうな話をするぜ。
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江戸時代のことです。
田舎のひとが来まして、よもやま話をしていましたところ、
里之女子容甚醜、行年三十、不售焉。
里の女子、容はなはだ醜く、行年三十にして售(う)れざりき。
「うちの村にはひとりものの女がおりましてな、たいへん醜いので、もう三十にもなるがもらい手がありませんのじゃ」
という。
「へー」
少し興味を持ちまして、
問其領、則蝤蠐。問其歯、則瓠犀。
その領を問うに、蝤蠐(しゅうせい)なり。その歯を問うに、瓠犀(こさい)なり。
「蝤蠐」(しゅうせい)はカミキリムシの幼虫(キクイムシ)のことで、その体が白くぷよぷよしていることから、女性のむっちりした色白の肌の比喩となります。「なんかキモチ悪いぞ」と思うかも知れませんが、キモチ悪いけどそういうことになっているのです。この「そういうことになっている」というのが漢文を読むときの重要なポイントなので、理解するように。
「瓠犀」(こさい)は「ひさご(=ユウガオ)のタネ」のことですが、きっちりと白く並んでいるので、美しい歯並びの比喩となります。そういうことになっているのです。
そのひとのうなじはどうかと訊いてみると、「キクイムシのように白くむっちり」、そのひとの歯はどうかと訊いてみると、「ひさごのタネのようにきっちり」と答える。
そして、
盼目倩笑、而螓首蛾眉。
盼目(はんもく)倩笑(せいしょう)にして、螓首(しんしゅ)蛾眉(がび)なり。
「盼」(はん)は、「目」の白いところと黒いところがはっきりと「分」かれている、ということで、「盼目」でぱっちりと白黒はっきりした目、ということになり、これは美人の要素なんです。「倩」(せい)は「口元が愛らしい」の意で、「倩笑」は「笑うと口元が愛らしい」。「螓」はセミの一種で額部の広いもの。「螓首」は「額の広い美しい頭部」でこれも美人の要素なんです。「蛾眉」は「蛾の触角のように細くて曲がった眉」で、これも美人なんです。そういうことになっているんです。
「目元ぱっちり、口元可愛く、セミのような広い額に蛾の触角のような細い眉をしていますのじゃ」
なんだか「美人だぜ」と思って、近寄ってよく見ると、体がムシで出来ていた―――だまし絵のようなキモチ悪さがありますが、漢文に親しんでいるひとにはすべて美人の表現であることが明らかであり、これらを読むと「はあ、はあ」と興奮してくるはずですよ。
実は以上の表現は、「詩経」衛風の「碩人」(大柄なるひと)という詩に、斉から衛侯のところへ嫁入ってきたお姫様の美しさを形容して、
手如柔荑、膚如凝脂、領如蝤蠐、歯如瓠犀、螓首蛾眉、巧笑倩兮、美目盼兮。
手は柔荑の如く、膚は凝脂の如く、領は蝤蠐の如く、歯は瓠犀の如く、螓首蛾眉にして、巧笑倩たり、美目盼たり。
手は柔らかな草の芽のようで、お肌は凝り固まった脂肪のよう(に真っ白でぶよぶよ)で、うなじはキクイムシのようで、歯はひさごのタネのよう。セミの額に蛾の眉で、笑顔はすてきで口元愛らしく、目は美しくて白黒ぱっちり。
と言っているのをほとんどそのまま使っているんです。
漢文を読んでいると、紀元前七世紀ごろから、女性の美の表現が少しも変わらない。情けないとしかいいようがない。
さて。その村の女について、わたしは訊いてみた。
信如此殆尽美矣。然謂之醜何也。
まことにかくの如くんば、ほとんど美を尽くせり。しかるにこれを醜と謂うは何ぞや。
ほんとにそのとおりなら、カンペキな美人に近いではないですか。それなのに、「醜女」というのは何故なんですか。
村人の答えて曰く、
其鼻欠。
その鼻欠くるなり。
「それが、その女、鼻が無いんじゃよ」
さてさて。
夫鼻之隆起面上、或譬之山、今欠之、衆美廃矣。
夫(か)の鼻の面上に隆起するや、あるいはこれを山に譬うるも、今これを欠けば、衆美廃せり。
あの鼻というものは顔の上に山のように隆起しているものだが、これが無いとなると、他のすべての美点が評価されなくなるのだなあ。
不啻容已、行亦有之。其惟孝乎、人之高行也。
ただに容(かたち)のみならず、行いにもまたこれ有り。それこれ孝か、人の高行なり。
そういうのはただ容貌だけにあることではない。人の行為にもそういうのがある。それは何かというと親孝行だ。親孝行はニンゲンの最も大切な行為である。
これが無ければほかの点がどれだけすぐれていても、評価されないのである。
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藤沢東畡「醜女説」(明治十二年・寺倉梅太郎撰「今古三十六名家文抄」所収)。
一結妙絶。
一結妙絶なり。
いっぺんに結論に至って、妙なること比類ない。
と評される名文です。
「なるほど、親孝行は大切だなあ」と素直に読めばいいんですが、なんだかヤバい感じもしますね。いよいよ当HPも炎上閉鎖か。しかし過去の日本人がこのような文章を書いた、という事実は消せませんからしようがない。藤沢東畡は名は甫、字を元発といい、讃岐のひとであるという。