竜である。あんまり何も言わないので、怒らないのかと思われてニワトリやひよこに遊ばれつつある。
今日はなんとか逃げおおせ、問題が起こりつつあることを誰にも告げずに済ませたが、明日はつらくなるだろう。ほうれんそうめんどくさい。
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春秋の時代の終わりごろのことです。楚の温伯、字・雪子という賢者が、斉の国に使いするため河北の地にやってまいりました。
魯の国を通りましたとき、魯の国のひとが何人か面会を求めてまいりました。
取次の童子が
「どういたちまちょうか」
と問いますと、温伯は
不可。吾聞中国之君子、明乎礼儀而陋于知人心。吾不欲見也。
不可なり。吾聞く、中国の君子は礼儀には明らかなれども人心を知るに陋なり、と。吾見(あ)うを欲せず。
「イヤじゃ。わしは「河北の君子の方々は、礼儀のことには詳しいけれど、人間の真実を知ることについては劣っている」と聞いた。そんな人たちと会う気はしないんじゃ」
と言ってお断りした。
斉まで行って用事を済ませました。
帰りに魯を通りますと、
是人也又請見。
この人や、また見うを請う。
同じひとたちがまた面会を求めてまいりました。
「どういたちまちょうか」
「うーん」
温伯は言った、
往也蘄見我、今也又蘄見我。是必有以振我也。
往くや我に見わんことを蘄(もと)め、今やまた我に見わんことを蘄む。これ必ず我に以て振(たず)ぬること有るならん。
「行きにわしに会いたいと言ってきた人が、今もまたわしに会いたいと言ってきている。これは、必ず、わしに尋問したいことがあるのであろう」
そこで、
出而見客。
出でて客に見う。
表の間に出て、面会を求めてきた客に会った。
面会を終えて、
入而嘆。
入りて嘆く。
奥の間に戻ってきて、ため息をついた。
明日見客。
明日(みょうにち)、客に見う。
翌日、次のひとと面会した。
そして
又入而嘆。
また入りて嘆く。
また戻ってきてため息をついた。
これを見て童子が訊ねました。
毎見之客也、必入而嘆、何耶。
これが客に見うごとに必ず入りて嘆ず、何ぞや。
「お客さんたちに面会するたびに、戻ってきてため息をついておられる。どういうことでちゅか」
「うーん」
温伯は言った、
吾固告子矣。中国之民、明乎礼儀而陋乎知人心。昔之見我者、進退一成規、一成矩。従容一若龍、一若虎。其諫我也似子、其道我也似父。是以嘆也。
吾もとより子に告げん。中国の民は礼儀には明らかなれども人心を知るに陋なり。昔(さき)の我に見う者、進退一は規を成し、一は矩を成す。従容一は龍のごとく、一は虎のごとし。その我を諫むるや子に似、その我を道びくや父に似たり。ここを以て嘆ずるなり。
「よくぞ訊いてくれたのう。河北のやつらは、まったく、礼儀のことには詳しいけれど、人間の真実を知ることについては劣っているようじゃ。昨日から面会したやつらは、面会しにきた様子は、一人目は物差しのように、二人目はコンパスのようであった。立ち居振る舞いは、一人目は龍のように堂々とし、二人目は虎のように颯爽としていた。わしに対して、まるで子が親にいうように注意をしてくれ、まるで親が子にいうように指導してくれた。それでため息をついていたのじゃ」
「ほう」
「外見はすばらしいのだが、わしに人間の真実について質問をするわけではなく、だから何なのだ、というところじゃ」
もう一人、三人目に面会を求めてきたひとがいました。
そのひとは、しかし、温伯に面会するや否や、深々と一礼してそそくさと帰って行ってしまった。
「失礼なやつでちゅなー」
「いやいや、今までのふたりよりずっとよくわかったやつのようだぞ」
この人は魯の賢者・孔仲尼、すなわち孔子そのひとでした。
孔子に対して、弟子の子路が訊ねた、
吾子欲見温伯雪子、久矣。見之而不言、何邪。
吾が子の温伯雪子に見(あ)わんとするや久しきかな。これに見うに言わず、何ぞや。
「我が先生、あなたは楚の賢者・温伯雪子さまに以前からずっと面会したいとおっしゃっていた。ところが面会できたら何もおっしゃらずに退出してきなすった。これは一体どういうことですかな」
孔子はおっしゃった、
若夫人者、目撃而道存矣。亦不可以容声矣。
かのひとのごとき者は、目撃するに道存せり。また容声を以てすべからず。
「あのお方のような方は、一目見ただけで大いなる道がその中に働いているのがわかる。世の常のコトバなんかでお訊ねしたってしようがない」
と。
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「荘子」田子方篇より。もちろん「荘子」の寓言、本当にあったことではありません。しかしこの中でも、賢者同士は話し合ったりしないみたいですね。わたしも賢者なんだと思われるので、特にシゴトの時はあまり意見言ったり意思疎通したりホウレンソウしたりしないんです。御理解ください。