平成30年4月22日(日)  目次へ  前回に戻る

なんという恐ろしいことであろう。世界のどこに恐ろしいカイブツが潜んでいて、いつ出現してエラそうにするか、わからないのである。

今日も昼はアウトドア。陽ざしがきつく、暑かった。晩春から初夏になりつつあるのである。

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嘉慶九年(1804)の、春の末か夏の初めのことだそうですが、湖州の田舎に大災害が起こった。

大水驟至、有物如牛一角、踏波而行甚駛。

大水驟至し、物の牛の如く一角なる有りて、波を踏みて行くこと甚だ駛(はや)し。

まずは激しい雨が降って来たが、その中を、ウシのように一本の角を持つ怪物が、洞庭湖の波の上をたいへんな速度で走り寄ってきたのだ。

「なんだ、あれは?」「こ、こちらへ来るぞ」「あわわわ」

住民たちは大騒ぎになった。

町の治安を掌る千総官の某は、

急操刀赴水与闘。

急ぎ刀を操りて水に赴きてともに闘う。

刀を持って大急ぎで水辺に行き、この怪物と戦おうとした。

怪物は某千総の前で一瞬足を止めると、

張口噴火。千総已成飛灰。

口を張りて火を噴く。千総すでに飛灰と成れり。

その口を開いて、なんと、火を吹いたのだ! 

ぶおおおおーーーーー!!!!

「うわーーーーー!」

千総はこの火を浴びて、あっという間に灰になって飛び散ってしまった。

怪物はあちらこちらに向かって火を吹き出した。

ぶおおおおーーーーー!!!!

火所至処、凡樹木楼閣之矗立水上者皆燼。

火の至る処、およそ樹木・楼閣の水上に矗立(ちくりつ)するもの、皆燼(や)く。

その火のいたったところ、樹木や楼閣など、水辺に高くそびえていたものは、すべてみな焼け落ちてしまった。

「うわー」「ぎゃー」

すると、

忽雷雨交作、湖中飛出一龍、径前抱物。

たちまち雷雨こもごもおこり、湖中より飛びて一龍出で、ただちに前みて物を抱く。

突然カミナリと雨がともに起こって、今度は湖の中から龍が一匹飛び出し、まっすぐ怪物のところに向かうと、怪物にぐるぐると巻き付いた。

物似欲掙脱状、龍急持之、将尾一揮、沿湖数百家悉没水中。

物、掙脱せんと欲する状に似るも、龍急にこれを持し、尾をもって一たび揮うに、湖に沿える数百家、ことごとく水中に没す。

怪物は脱け出そうとしてもがいているようであったが、龍はきつく巻き付き、その尾をぶるんと振った。すると大波が起こり、湖辺の民家数百戸がすべて水中に没してしまった。

「うわー」「ぎゃー」

竟捽物入湖去。

ついに物を捽(そつ)して湖に入り去れり。

龍は、とうとう怪物を湖に引きずり込んで消えて行った。

・・・それから、

水始退。

水始めて退く。

ようやく水は引き始めた。

その間に、

数百里内淹斃人民無算。

数百里内に人民を淹斃すること無算なり。

数十キロ以内の地域で、数えきれないほどの人民が水死したのであった。

尤奇者、棺中屍皆被摂去、辮髪糸糸、分粘樹枝、解之不脱。

もっとも奇なるは、棺中の屍みな摂去せられ、辮髪糸糸に分かれて樹枝に粘し、これを解かんとするも脱せざるなり。

もっとも不思議であったのは、棺の中に安置されていた死体がすべて水に流されて怪物に引き込まれそうになっていたことである。しかもその死体の辮髪に編まれていた髪の毛が、すべてばらばらに分かれて樹々の枝に粘りついていた。これをほどこうとしてもなかなか取れなかったのであった。

まことに不思議な災害であったが、前代未聞で、

不知何怪也。

知らず、何の怪なるやを。

とうとうどういう怪物なのか、正体はわからずじまいであった。

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「翼駉稗編」巻二より。

これはわずか二百年ちょっと前にお隣の国で起こったことなのです。正体がわからないんだから、いつどこでまたこの怪物が現れるかもわからないのです。わーい、おそろしいなあ。もう明日から、家から出るの止めにしよう、と。

 

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