平成30年3月3日(土)  目次へ  前回に戻る

3月1日の絵の続きです。荒れ果てたぶた城の塔に入り込むぶた天使だ。

ぶた塔の中の闇には、不気味な者たちの声が聞こえる。

「もぐぐ」

「ちゅうちゅう」

「にょろんにょろん」

塔の中には、蛇の皮を着たへびにょろん、チュウジ、モグなどの闇にうごめく生物たちがいた。

彼らの話では、

塔の最上階にはすさまじい食欲の怪物がいて、いつも何か食べているのだという。ぶた天使は七回サイコロを振ることができます。その間に最上階にたどりついて、怪物の正体を明かすことができるでしょうか。それでは、レディー、ゴー!(ゲームの結果は明日発表します。・・・が、明日はもう日曜日の夜だ。今の乗りで更新ができるはずはなく、かなりの確率で現世から逃亡している可能性が・・・)

さて、今日は天気もよく、しかも週末でした。なんとありがたいことでしょうか。お日さまとか雲とかいろんなものに手を合わせたくなるほど、シアワセだなあ。

そういえば今日は三月三日なので、せっかくですから三月三日がどういう日であるか勉強しておきましょう。週末でシアワセな日には、こんな役に立つ更新もするのです。

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晋の武帝(在位266〜290)が尚書の摯虞(し・ぐ)に問うて曰く、

三月曲水、其義何。

三月に曲水あるは、その義何ぞや。

「三月に小川に杯を浮かべて詩文を作る曲水宴を行うのは、どういう意義があるのか」

摯虞答えて曰く、

「えー、漢の章帝(在位75〜88)のときのことでございますが、

平原徐肇以三月初生三女、至三日而倶亡、一村以爲怪、乃招携至水浜盥洗、遂因水以泛觴。曲水之義、起於此。

平原の徐肇、三月初を以て三女を生ずるに、三日に至りて倶に亡く、一村以て怪と為して、すなわち招きて水浜に盥を携え至りて洗えり。遂に水に因りて以て觴を泛ぶ。曲水の義、ここに起これり。

山東・平原郡のひと徐肇に、三月一日に三つ子の女の子が生まれたのでございます。ところが、三月三日には三人とも死んでしまった。村人みんなこれは怪しいことだと思いまして、徐肇を水辺に招き、そこにたらいを持って行って洗って祓い清めた。それがやがて水の上にさかずきを浮かべるようになったのが、曲水宴の始まりなのでございます」

武帝は眉をしかめまして、

若所談非好事。

なんじの談ずるところ好事にあらず。

「お前はどうしてそんな不吉でイヤになるようなことを言うのか」

とおっしゃった。

「むむ・・・」

「まあったくでございます!」

と横から尚書郎の束皙が口をはさんだ。

仲治小生、不足以知。臣請説其始。

仲治小生にして以て知るに足らず。臣請うその始めを説かんことを。

「仲治(摯虞の字)のような若造には何がわかりましょうか。どうかわたくしめに曲水の始まりを説明させていただきとうございまする」

「うむ、説明せよ」

「ははー。ありがたきシアワセ」

と、束皙の言いますことには、

「むかしむかし、紀元前十二世紀の周のはじめのころ、宰相の周公さまが洛邑(今の洛陽)の町を造りましたときのこと、

因流水以泛酒、故逸詩曰、羽觴随流波。

因りて流水に以て酒を泛ぶ、故に「逸詩」に曰く、「羽觴、波に随い流る」と。

(洛水の神に捧げるため)流れる水に酒を入れた盃を浮かべて流したのでございます。このことは、「詩経」に洩れた古代の詩の中に「小さなさかずき、波のまにまに流れていくぞ」と謳われておりまする。

また、秦の昭王さま(在位前306〜前251)が三月三日に酒を川の曲がったところに置いて黄河の神を祀ったところ、

有金人出奉水心剣、曰令君制有西夏。乃因其処立為曲水。

金人の出でて水心剣を奉り、「君をして西夏を制有せしめん」と曰うこと有り。すなわち因りてその処に立てて曲水を為せり。

金色に光るひとが川から出現し、「水心剣」を奉って「あなたに黄河上流域の支配権を与えましょう」と言った―――ということがあったのでございます。そこで、その場所に水を引き込んで曲がりくねった小川を作ったのでありました。

これらの故事がありまして、

二漢相沿、皆為盛集。

二漢相沿いて、みな盛集を為せり。

前漢・後漢の世を通じて、いつも三月三日には盛んにひとびとを集めて、水辺で宴会をするようになったのでございます。

後漢の章帝のとき、などという近年(このときから200年ぐらい前)のことではないのでありまするう」

善。

善し。

「よろしい!」

武帝は大いに喜び、

賜金五十斤。

金を賜うこと五十斤なり。

後漢〜六朝ころの一斤は200グラム強だそうですので、10キログラム超。

束皙に10キログラム以上の黄金を賜った。

一方、

左遷仲治為陽城令。

仲治を左遷して陽城令と為せり。

摯虞の方は山西・陽城の知事に左遷してしまった。

のだそうでございます。

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南朝・梁・呉均「続斉諧記」より。うまいこと答えたら黄金がもらえますが、うまいこと答えないと左遷されるのです。なかなかゲームバランスの厳しい人生ゲームでございます。

ところで、蘇東坡「望江南」詞にいう、

春已老、春服幾時成。曲水浪低蕉葉穏。

春すでに老いたるに、春服幾時にか成る。曲水浪低く、蕉葉穏やかなり。

春はもう十分にたけなわなのに、春の服はまだ出来上がらない(ので、遊びに行けないじゃないか)。曲水宴の水は波も立てず、芭蕉の葉は(風も微かなので)穏やかに揺れている。

と。これを読んでいただければわかりますように、上巳(三月三日)の節は本来旧暦の三月三日なのでゲンダイの四月上〜中旬ころ、晩春の行事なんですなあ。新暦の三月三日はまだ春のはじめ、この寒いのに何でお雛様飾って祝っているのか。可笑しいではございませんか、わっはっは。

 

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