セミよ、つらい現世にあるのもあと数日だ。あと数日だけガマンすれば、おまえたちは行けるのだなあ。うらやまぶー。
今日はしとしと九月の雨。おいらたちセミは羽も濡れ、鳴き声もまことに弱ってしまった。もう終わりでつくつくなあ・・・。
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昨日の続きでございます。
馬鳴大士(めみょうだいし)が指さした虚空には、
現一大金龍、奮発威神、震動山岳。
一大金龍の威神を奮発し、山岳を震動するを現ず。
黄金色の巨大な龍が、すさまじい神威を振るって、山や岳を震動させているのが見えたのだった。
しかし、大士が「むふん!」と気を籠めて、魔物に向かって数珠を握った右拳をさし上げると、
魔事隋滅。
魔事随いて滅す。
魔物はだんだんと小さくなっていった・・・。
・・・魔物が小さくなっていくとともに、天地は徐々に明るさを取り戻した。
ふとひとびとが気づいたときには、魔物が現れる前と同じように、天にも地にも光が満ち、鳥の声が聞こえている。
まるで先ほどまでのことが夢のようである。
大士はなお祈りを続けていたが、やがて、視線をひざ元に落とした。そこには、
有一小虫、大若蟭螟、潜形座下。
一小虫の大いさ蟭螟(しょうめい)のごときが有りて、座下に潜形せり。
「蟭螟」は「ぶよ」のことなんです。でもちょっと小さすぎる気がするので、ここではあえて「あぶ」としておきます。
あぶほどの大きさの小さなムシが、大士の座布団の下にもぐりこもうとしていた。
大士は、
以手取之、示衆曰斯乃魔之所変、盗聴吾法耳。
手を以てこれを取りて、衆に示して曰く、「これすなわち魔の変ずるところ、吾が法を盗み聴かんとせしのみ」。
手でこのムシをつかみまして、これをその場にいたひとびとに見せながら、
「これが魔物の変化した姿ですな。こいつはわしの説法を盗み聞きしようとしていたのじゃ」
と言った。
そして、
乃放之令去、魔不能動。
すなわちこれを放ちて去らしむるに、魔動くあたわず。
ぽい、とそれを放って逃がそうとしたのだが、魔物(ムシ)はその場の落ちて動こうとしない。
「これはどうしたことじゃ――。これは別の縁があるとみえるぞ」
大士は合掌すると、
爾但帰依三宝、即得神通。
爾、ただ三宝に帰依せば、即ち神通を得ん。
「おまえはただ、仏・法・僧の三宝を信仰するがよい。そうすれば精神の力が通じて自由になることができよう・・・」
と唱えながら瞑目した。
すると、ああ、なんという不思議な現象でありましょうか。
そのコトバが終わるか終わらぬかのうちに、そのムシから煙がもくもくと沸き出したのである。ひとびとが戸惑っていると、やがてその煙の中からひざまづいたニンゲンが現れたのであった。
これがそれの本体であったのだ。
遂復本形、作礼懺悔。
遂に本形に復し、礼を作して懺悔す。
それはとうとう本来の正体に戻って、大士を拝礼し、謝罪したのである。
「申し訳ござりませんでした。わたくしは魔物ではなく、外道魔法士の迦比摩羅(カビ―マーラ)と申します」
「なるほど、おそろしい魔力であったが、ニンゲンであったのか。ところで、
尽爾神力、変化若何。
爾の神力を尽くさば、変化することいかん。
おまえの力を最大限に発揮したら、何に変化することができるのかな?」
我化巨海極為小事。
我、巨海に化すること、極めて小事と為す。
「わたくしは巨大な海に変化することができますが、それだってまったく大したことではございませんな」
それを聞きまして、
「わははは」
と、大士は哂われました。そして、曰く、
爾化性海得否。
爾、性海に化すること、得るや否や。
「おまえは、「本質の海」に変化することができるのかな?」
「は?」
カビ―マーラは茫然とした。
何謂性海、我未嘗知。
何をか性海と謂う、我いまだかつて知らざるなり。
「「本質の海」とはいかなるものでございましょうか。わたくしはそれを知りませぬ」
大士は言う、
山河大地、皆依建立、三昧六通、由玆発現。
山河大地、みな依りて建立し、三昧六通、これによりて発現す。
「山も河も大地も、その上につくられており、自由な心の状態も精神の活動も、すべてそれを通り過ぎて現れてくる―――それが「本質の海」だ」
「なに言ってるんだ、あんたは」
「なんのことかまったくわからんぞ!」
「あたま、大丈夫か?」
と言いたくなりますが、カビ―マーラは
「なんと!」
と叫ぶと、このコトバによって真理に達し、ついに馬鳴大士の弟子となったのである。
・・・・・・・・・・さてそれから何年も経って・・・・・・・・・・
ある日、馬鳴大士は五百人の大弟子たちを集め、彼らの前で、
「如来より受け継いだ偉大な法を、今日、カビ―マーラに授け渡す」
と宣言すると、
挺身空中、如日輪相、然後示滅。
空中に挺身して、日輪の相の如く、しかる後示滅せり。
ぴょ〜〜ん、と空中に飛び上がり、そこに太陽のようにとどまって、それから死んだのであった。
かくして迦比摩羅尊者が法を継いだのでございます。これは、周の顕王(在位前368〜前321)の四十二年、甲午歳(前327年)のことでございました。
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「五燈会元」巻一「馬鳴尊者」より。
「作り話だとして、なんらかの真実をどこかに含んでいるのか?」
「どこからどこまでが真実でどこからがつくりごとなのか?」
「誰が何の狙いで作った話なのだ?」
などと疑ってはいけませんよ。そんなことを疑いはじめると、このHPを更新しているおいらは正真正銘のセミなのに、「なぜセミにHPの更新ができるのだ?」といかなる真実も疑わしくなってきてしまうのですから。つくつくつくつく・・・。