あんまり肉料理ばかり食っていると肥るでコケ。魚料理の方が健康でコケ。
明日は月曜日ですが、わたくし肝煉斎は会社とか関係ありませんので特に心配することはありません。肝冷斎が腹がハレツしてもうこの世にいない、ということを、肝冷斎の会社に連絡してやらないといかんのかな。しかしそんな連絡して何かお礼もらってもしようがないし、放っておきます。
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春秋の時代でございます。
晏嬰さまが斉の景公(在位前547〜前490)のもとで宰相になってから、
三年政平民説。
三年にして政平らかにして民説(よろこ)べり。
三年で、政治は公平となり、人民たちはみんな幸せそうにニヤニヤするようになった。
「説」は「悦」と同じで、よろこぶこと、エクスタシーを感じること、です。
ある日、景公の近臣・梁丘據(りょう・きゅうきょ)が晏嬰の家を訪れたところ、
中食而肉不足。
中食にして肉足らず。
昼飯を御馳走になったのだが、肉があまりない粗末な食事であった。
そこで梁丘據は景公に
「晏嬰さまはつつましく暮らしておられます。お心遣いのほどを」
と言いましたところ、景公はすぐに晏嬰に領地を与えようとした。
しかし晏嬰はそれを辞して受けなかった。
景公、
「あなたの功績に報いたいだけなのに、どうして受けてくれないのですか」
と訊ねると、晏嬰の答えて曰く、
冨而不驕者、未嘗聞之。貧而不恨者、嬰是也。所以貧而不恨、以善為師也。
冨みて驕らざる者はいまだかつてこれを聞かず。貧にして恨みざる者は、嬰これなり。貧にして恨みざる所以は、善を以て師と為すなり。
「金持ちで威張っていない者、というのは、いままでにおられたことがございません。貧乏だけど不平を言わない者、というのはおります。このわたくしがそうですから。
貧乏だけど不平を言わない、というのは「善」を導き手にしているから、できることなんです。
ところが、
今封易嬰之師、師已軽、封已重。
今、封じて嬰の師を易(か)うれば、師すでに軽く、封すでに重からん。
今もし領地をいただきますと(金持ちになってしまい)わたくしの導き手が替わってしまいます。これまでの導き手の「善」を軽んじるようになり、領地からの上がりのことばかり考えるようになってしまうでありましょう。
だから、領地は要らないのです」
というのであった。
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「晏氏春秋」巻三・雑下より。領地をもらうと肉料理ばかりになって、腹はれつしますからね。