六月、ムシムシとして、ほんとの夏になってきました。海にでも行きたいところだが、あんこうくんは魚類であるが、深海魚なので浮き輪が無いと深海まで沈んでしまうので浮き輪が必需品なのである。
天候もだんだんムシムシして不快になってきているが、なによりしごと的不快の中での月初めとなった。また押しつぶされてしまうかも。
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押しつぶされる前に申し上げておきます。
同居父子兄弟、賢否相半、若頑狠刻薄、不惜家業之人先死、則家興盛未易量也。
同居の父子兄弟、賢否あい半ばするに、もし頑狠(がんぎん)刻薄にして、家業を惜しまざるの人まず死すれば、すなわち家の興盛いまだ量りやすからず。
大家族経営の親子兄弟の中で、かしこいやつもおろかなやつも同じぐらいいるときに、頑迷で根性が悪く、冷酷で、大家族の家業がどうなってもいいや、というおっさんが先に死んだとする。そのとき、じゃあ、ダメはやつが死んだから賢いやつの比率が増えて、その家が盛んになるであろうか、というと、そうでもないのである。
ところが、
若慈善長厚勤謹之人先死、則其家不可救矣。
もし慈善・長厚にして勤謹のひとまず死すれば、すなわちその家、救うべからざるなり。
もし慈しみ深く善良で、気長で重厚、マジメで慎み深いひとが先に死んでしまったとすると、その大家族は破滅に向かっていき、それをとどめることはできない。
世の中、いいことが一つ起こったからといって、いい方にどんどん転がっていくことはまずないが、悪いことが一つ起こると当たり前のように悪い方に悪い方に転がるものなんです。
世間でよくいうコトワザ、
莫言家未成。家成子未生。 言うなかれ、家いまだ成らず、と。家を成すの子はいまだ生まれざるなり。
莫言家未破。破家子未大。 言うなかれ、家いまだ破れず、と。家を破るの子はいまだ大ならざるのみなり。
我が一族はまだ成功していない、と言っててはいけない。一族を成功させることになる子どもなどまだ生まれていないのだ。(あなた自身が頑張らないといけないのだ)
我が一族はまだ破滅しないだろう、と言っててはいけない。一族を破滅させることになる子どもは、まだ成長していないだけなのだ。(そうならないよう、よくよく子どもを教育しなければならんのだ)
というのも、おそらく同じことを言っているのであろう。
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明・鄭喧「昨非庵日纂」巻八より。
ゲンダイの我が国は大家族制を採らないので
「むかしのひとの言葉だなあ」
とのんびり聞いてしまうかも知れませんが、「家」を「会社」に読み替えてみると、切実なるものがあるであろう。
私事ながら、社会の厳しさに直面してどんどんウツになってきます。ああ、もうダメだ、ダメだ〜。