平成29年3月25日(土)  目次へ  前回に戻る

春場所も明日で千秋楽。選抜高校野球もベスト8が登場。もう春なんですが・・・。

サクラは咲いてもまだ寒い。そして、ひとの心は冬のように冷たいのだ。

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そのうち人間への怒りをバクハツさせるときのために、「罵詈雑言」の類を勉強してみます。

罵人言不合理曰洩気。

人の言の理に合わざるを罵りて、「洩気」と曰う。

支離滅裂なことを言うやつには、「この洩らし気やろう!」と罵るんだそうです。

宋代にまで遡れるコトバだそうで、「宋史」の中に、

邵篪以上殿洩気、出知東平。謂之洩気獅子。以其高鼻圏髯、形似獅也。

邵篪(しょう・ち)、上殿に洩気せしを以て、出でて東平に知たり。これを「洩気獅子」と謂う。その高鼻・圏髯の形獅に似たるを以てなり。

邵篪というひと、殿上で「洩気」をしたので、東平の知事に左遷された。彼はこのため「洩らし気ライオン」とあだ名されるようになった。鼻が高く、頬ヒゲがカールしていて、その様子がライオンに似ていたからである。

また、元末の文人・倪雲林(げい・うんりん)は、いつも外出するときに、

令童子担水、以後者洗足。

童子をして水を担がしむるに、後者を以て足を洗う。

童子に(天秤棒で体の前後に)水を担がせて持ち運んでいたが、(前の桶に入っている水で口を濯いだり手を洗ったりし、)後ろの桶に入っている水では足を洗うのであった。

「先生はいつも、どうして前と後で差をつけるのでちゅかな?」

と問われて、

恐其洩気致穢。

その洩気の穢れを致すを恐るなり。

「(後ろの桶は)おまえの「洩らし気」で汚れているじゃろうからな」

と答えたといいます。

実は唐代の字書「廣韻」に、

屁。気下洩也。

屁は気の下に洩るるなり。

屁は、体内のガスが下から洩れ出すことである。

とありまして、

是即罵人放屁之意。

これ即ち人の放屁を罵るの意なり。

これは、ひとが屁を放るのを罵る、という意味なんですな。

つまり、人が支離滅裂なことを言いだしたら、

「屁をこいてんじゃない!」

と怒鳴りつける、ということなんだそうです。

また、嫉妬深い女性のことは「吃醋」(酢を飲んだやつ)と言うのだそうです。

これは広州地方に「相思豆」というマメがあって、

有雌雄、合置醋中、輒相就、不可解。

雌雄有りて、合わせて醋中に置けば、すなわち相就きて解くべからず。

このマメにはオスのマメとメスのマメがあるのですが、オスとメスを並べて酢の中に入れると、引っ付いてしまって引き離すことができなくなる。

からなんだそうです。

あるいは「鼻つまみ者」の意である、とも。

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清・顧張思「土風録」巻八より。

著者の顧張思、字・懐祖は、雪亭と号し、江蘇・太倉の人、代々の学者の家に生まれ、清朝考証学を学んだそうですが、何の理由からかいろいろ取材して、当時(乾隆・嘉靖時代)の江蘇地方の俗語を集め、十八巻にまとめて嘉慶三年(1798)に「土風録」と題して出版してくれました。

「一番当たり前のことからまずわからなくなる」

というのが歴史学の鉄則だそうですが(御厨貴先生による)、この本のおかげで、本来なら一番最初に忘れられたであろうような、実にくだらないこと、がわかるので、ありがたいことです。おいらもこんな学問(アカデミズム、という意味ではありませんよ)がしたいですね。

 

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