平成29年3月4日(土)  目次へ  前回に戻る

今日はだいぶん暖かかった。「春じゃ。春はあけぼの。めでたいのう」

週末になり、またヒマなので読書して変なお話を見つけたので、教えてあげましょう。ひっひっひ。

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宋のころのことでございます。

襄陽府の主簿(庶務課長)であった張有というひとが再婚したのだが、この女房は結構な美人であったが性格がきつかった。張有が体調を壊して、

将如厠而難独行、欲与侍婢倶、妻不可。

まさに厠に如(ゆ)かんとして独行しがたく、侍婢とともにせんと欲するに、妻不可とす。

トイレに行きたいのだが、足元がふらついて一人で行きづらいので、下女のひとりに助けてもらって行こうとしたときも、女房は許さなかった。

張有の日常の態度も悪いのであろうが、下女と何かいやらしいことをするのではないかと疑ったのである。

「むむむ・・・」

張有はしかたなく、半ば這うようにしてひとりでトイレに行くことになった。

有至厠、於垣穴中見人背坐、色黒而壮。

有の厠に至るに、垣穴中に人の背坐し、色黒にして壮なるを見る。

張有がなんとかトイレにたどりついたとき、塀の穴の向こうに、誰かが背中を向けて座っているのを見かけた。色黒で、立派な体格をした男のようである。

以爲役夫、不之怪也。

以て役夫ならんとし、これを怪しまず。

「なんかの作業人夫が来ているのだろう」と思って、別に気に留めなかった。

用を足して出てきたところ、

此人廻顧、深目巨鼻、虎口烏爪、謂有、蓋与予鞋。

このひと廻顧するに、深目にして巨鼻、虎口にして烏爪、有に謂うに、「なんぞ予に鞋(あ)を与えざる」と。

「鞋」(あ)は「くつ」の一種。紐で結んだりするのでなく、足の甲でひっかける形になっているローファータイプのもの。まあ、要するにくつです。

そのひとがくるりとこちらを向いた。その容貌は、眼窩は深く、鼻はでかく、トラのように裂けた口、手のツメはカラスの肢のように尖っていて、張有に向かって、

「おまえのくつをくれ・・・」

と言ったのであった。

「―――!」

有驚未及応。

有、驚きていまだ応ずるに及ばず。

張有はびっくりして、とっさにコトバが出てこない。

そいつはにやりと笑うと、

自穴引手、直取其鞋。

穴より手を引(の)ばして、ただにその鞋を取れり。

塀の穴から、ぐぐぐー、と何メートルも手を伸ばして来て、張有の片足のくつをつかんで奪って行った。

紐型のくつでないのでつかみ取ることができるんですな。

「ひひひ・・・」

そいつは、またぐぐぐーと手を引っ込めると、くつをいかにもいとおしそうに見つめてから、

口咀之。

口にこれを咀(くら)う。

口に入れて食べ始めた。

すると、

鞋中血見、如食肉状、遂尽之。

鞋中に血見われ、肉を食らうの状の如く、ついにこれを尽す。

くつから血が出てきて、まるで生肉を食っているかのようであったが、やがてすべて口の中に入れてしまった。

まだむしゃむしゃと口を動かしている。

張有はコワくなって、何も言わずにその場を去り、居間に近づいてから、「う、うわああああ」と叫んで、

奔告其妻。

奔りてその妻に告ぐ。

部屋に走り込むと、女房に起こったことを告げたのであった。

そして、

我如厠、須一婢相送、爾適固拒、果遇妖怪。

我の厠に如かんとして一碑をもちいて相送らんとするに、なんじ適固に拒み、果たして妖怪に遇えり。

「わしがトイレに行こうとして、下女のひとりに連れてってもらおうとしたらおまえが絶対ダメだと拒否したのだ、おかげで妖怪に出会ってしまったのだぞ!」

と泣き言を言った。(このあたり、なかなかリアリズム文学である。)

「へー、ほんとかね」

女房は首をひねって、

同観之。

これを同観せんとす。

確認しに、張有と一緒にトイレに行くことにした。

塀の穴のところまで来たが、何も見えない。

「ふーん。何かを見間違えたんではないのかしらね」

「いや、確かにいたんだが・・・」

と近づくと――――

「ひっひっひ・・・」

いきなり、あいつが、穴から顔を出した!

怪又見、奪余一鞋咀之。

怪また見(あら)われ、余の一鞋を奪いてこれを咀う。

そいつは再び顔を出すと、ぐぐぐーと手を伸ばして、張有の残った方のくつをつかみ、奪い取って、また食べ始めたのだった。

「うわー」「きゃー」

妻恐、扶有還。

妻恐れ、有を扶けて還る。

女房もこわがって、張有を手助けしながら逃げ帰った。

女房はすぐに人に命じて塀の外を探させたが、そんな人影はないとのこと。念のため、穴を塞がせ、そこに見張りをつけたりした。

こうして数日は無事に過ぎた。

ところが、

他日、有至後院、怪又見、語有、吾帰爾鞋、因投其鞋。

他日、有、後院に至るに、怪また見われ、有に「吾、爾に鞋を帰せん」と語りて、因りてその鞋を投ず。

数日後、張有が裏庭にいたとき、そいつがまた現れて、「おまえのくつを返しに来たのだ・・・」と言うと、庭にくつを投げ出したのであった。

「わわわ」

有懼不敢拾、因倉皇返舎、以怖成痼疾而卒。

有、懼れてあえて拾わず、因りて倉皇として舎に返り、怖を以て痼疾と成して卒す。

張有はこわくてそのくつを拾いもせずに、あわてて母屋に逃げ帰ってきたが、恐怖のために病いが重篤になり、そのまま死んでしまった。

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宋・沈某「鬼董」巻二より。これはいったいどういうバケモノなのであろうか。というか、もしかしたら普通のくつ好きのおじさんだったのかも知れません。とりあえず、バケモノよりもほんとにコワいのは女房の方・・・のような気も。

 

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