いよいよ社会という土俵から転落。道義的に、ではなく、能力的に。および、やる気無い的にも。
今日もほんとに何もせず。もうおいらは社会人としてはダメだな。
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社会人として失格ついでに、こんなコトバでもご紹介してみましょう。
男子好色如渇飲漿。
男子の色を好むは渇きて漿を飲むがごとし。
おとこのコの愛のかたちは、のどが渇いたときに水を飲むように、激しく求めるものである。
これと似ているのは、
処富貴而能自決裂者、猶有丈夫之気。
富貴に処してよく自ら決裂する者は、なお丈夫の気有らん。
財産も地位もありながら、それでも自らぶっとんだことをするやつで、これは男らしいキモチがある、といえないこともない。
「男らしいはいいこと」と言うだけでもうイエローカードですね。
さらに、
女子好色如熱乗涼。
女子の色を好むは熱の涼に乗ずるがごとし。
おんなのコの愛のかたちは、熱が冷えたものに移っていくように、じわじわと進んでいくものである。
これと似ているのは、
居津要而漫無止足者、是真妾婦之心。
津要に居りてみだりに足を止める無き者は、これまことに妾婦の心なり。
社会的に重要な地位に就いていながら、まだ次の地位を求めようとするようなやつで、これはほんとに女の、それも正妻でないようなやつの心もちであるといえよう。
うわー、これはマズイ。社会人としてあり得ないコトバである。
おいらが言ったんじゃなくて、明の徐学謨というやつが言いやがったのです。本人としては上手いこと言ったつもりかもしれませんが、許されません。
―――キミ、こんなこと言っちゃってどうするんだ?
―――わーい、ごめんなちゃい。
と謝ったかと思いきや、さらに懲りずに、
男子之力、必勝于婦人。
男子の力、必ず婦人に勝れり。
おとこのコの物理的な力は、絶対おんなのコに勝る。
ところが、
若対悍妻、其手自縛。
もし悍妻に対すれば、その手自縛さるなり。
気の強い女房の前では、その両手は自分で縛ってしまったようになるものなのだ。
とも言っています。
手を出してボカンとやってしまえばいいのに、というのでしょうか。
父母之尊、素加于卑幼。
父母の尊は、もとより卑幼に加う。
父と母の尊厳は、幼い子どもたちには絶対的である。
けれども、
便遇劣子、其口常噤。
すなわち劣子に遇わば、その口常に噤まれん。
分からず屋のコドモの前では、両親といえども押し黙ってしまわねばならない。
言っても言うことを聴かず、反発してくるからである。
親にはいろいろ生意気なこと言って申し訳なかったなあ、と思うのであるが、男女共同の大義を弁えていないのではダメだな。
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繰り返して言いますけど、わたしが言っているのではなくて、明・徐学謨「帰有園麈談」より。
―――ごめんなちゃい、ごめんなちゃい、許してちょんまげ。
と反省はしているようですが、許してはいけませんよね。