平成28年10月7日(金)  目次へ  前回に戻る

旅に出るぜ。今度は本当に遠いところへ。

ついに週末に到達。だがまたすぐに週明けが来る。その前にどこかに旅立ってしまおう・・・。

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そこで六朝時代の江南に旅してみました。

お。女たちが水辺で歌いながら何かしているぞ。

その歌を聞くに、

汀洲採白蘋、 汀洲に白蘋を採れば、

日落江南春。 日は落つ、江南の春。

 砂洲のみぎわで水草を採っているうちに、

今日も日は暮れていくじゃないのさ、江南は春なのに。

「白蘋」(はくひん)は和名「田の字藻」という水草の一種で、お浸しなどにして食べるものである。この女のひとたちはその食用の水草を摘んでいるのだ。歌は水草摘みをしながら歌う労働歌である。

女たちの歌の続き。

洞庭有帰客、 洞庭より帰客有りて、

瀟湘逢故人。 瀟湘にて故人に逢えりと。

 洞庭湖の方から帰ってきた旅人がいて、

「瀟水湘水のあたりで、おまえの待ち人に会ったぜ」と教えてくれた。

―――旅人はあたいが「あのひとはどうしていた?」とか嬉しそうに訊くだろうと思ったんだろう。

でもあたいは言ったのさ、

故人何不返、 故人何ぞ返らざる、

春華復応晩。 春華またまさに晩るるべしと。

「あのひとはどうして還って来ないのかしらね、

 春の花は今年も咲いて、もうそろそろ散りゆく季節になっているのに」

旅人は少し困ったような顔をした。そして、

不道新知楽、 新たに知るの楽しみを道(い)わず、

且言行路遠。 しばらく「行路遠い」と言う。

あのひとの新しい恋人のことは言わなくて、

ただおっしゃるには「なにしろ遠いところだからなあ」だって。

「新知」というのは「新しい知合い」、当然「恋人」のことである。女のひとは勝手に?待ち人にはもう新しい恋人が出来たから帰らないのだろう、と想像して、旅人に当たってるんですね。

実際には労働歌としてみんなで唱和しながら、それぞれに恋人を思い出したり、他人のスキャンダルを思い出したりして、おっほっほ、あっはっは、いっひっひ、ぐっふっふ、と笑いさんざめきあっていたに違いない。

かわいい女たちだぜ。

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梁・柳ヲ「江南春」(宋・郭茂倩編「楽府詩集」巻二十六所収)。六朝の詩に出てくる女はみんな生き生きしていてかわいいぜ。

しかしそれから三百年ほどして、唐も終わりに近いころになると―――。

・・・あの女たちや旅人はまぼろしだったのか。

汀洲白蘋草、 汀洲の白蘋草、

柳ヲ乗馬帰、 柳ヲ、乗馬して帰りぬ。

 砂洲のみぎわには白蘋の草がただよっているばかりで、

 歌を聴いていた柳ヲも、馬に乗って去って行ってしまった。

もう長い時間が流れたのだ。

江頭櫨樹香、 江頭に櫨樹香り、

岸上胡蝶飛。 岸上には胡蝶飛ぶ。

 誰もいなくなった江のほとりには、はぜの木の匂いがし、

 岸の上には胡蝶がはらはらと飛んでいるばかり。

さらに、夜になり、

酒盃箬葉露、 酒盃の箬葉露(じゃくようろ)、

玉軫蜀桐虚。 玉軫(ぎょくしん)と蜀桐と虚し。

「箬葉露」は箬渓(じゃくけい)という谷の水にそこに生える竹の葉を浸して醸す江南の銘酒なんだそうです。「玉軫」の「軫」は琴柱。「玉でできた琴柱」ということで、美しい琴を意味する。「蜀桐」は四川の桐で作ったものがいちばんいいとされる「箜篌」(くご)=竪琴のこと。

 おれのさかずきには銘酒「箬葉露」が入っているが、

 美しい琴や竪琴は、弾く人もなく虚しく放り出されているばかり。

朱楼通水陌、 朱楼は水陌に通じ、

沙暖一雙魚。 沙は暖かなり一雙の魚。

「朱楼」は朱塗りの楼閣で、飲食を供し妓女を呼ぶことができる料亭。男はそこにいるんですね。「陌」は水路、水路をつなぐ「みなと」。「一雙」は「二つひとそろいのモノが二つそろっている状態」。そろわずに片っ方しかない状態が「隻」。ここでは「雙」ですから、二匹でひとそろい(ひとつがい)のやつがちゃんとそろっている。

 この朱塗りの楼閣の下を水路が流れ川港に通じている(その水ははるかにおれのふるさとまでつながっている)。

水路の底の砂は昼間の陽気の名残で温かろうから、いまごろそこにはひとつがいの魚がしあわせそうに眠っていることだろう。

―――おれは、どうして還らないのか。いとしい人の待っているあのふるさとへ。

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唐・李賀「追和柳ヲ 江南曲」(柳ヲに追和す、江南曲)(「李賀歌詩篇」所収)。この三百年の間に、かわいい女の方ではなく旅に出たおとこの方、それも単に新しい恋人にうつつを抜かしているような単純なやつではなくて、なんだか複雑で暗い性格のやつが主人公になってしまいました。

さて、おれはこれから長い旅に出るぜ。おれが帰るころには世の中はどう変わっているかな・・・。

 

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