遠い日を思い出すのかカエル仙人。それとも未来への思いか。
毎週疲れる。そしてその間に、確実に老いてきている。もうダメだ・・・という日々、そういえば今日はオバマさんが広島へ行ったんでした。歴史的な一日となった。
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唐の開元年間(713〜741)のことである。
御史中丞の楊慎矜がある日の朝、朝廷に出かけようとして、
家奴開其外門。
家奴、その外門を開かんとす。
下男たちが表門を開こうとしていた。
ところがどういうわけか、
既啓鎖、其門噤不可開。
既に鎖を啓くも、その門噤にして開くべからず。
門を閉ざしていたクサリを外したのに、門が閉じたままでぴくりとも動かないのである。
「どうした?」
慎矜は驚き、不思議に思った。
「表から誰かが押さえ込んでいるのか?」
時に、
天将暁、其導従群吏自外見。
天まさに暁らんとし、その導従群吏外より見る。
夜明け方で、慎矜の先導や随従をする下級役人どもが出勤してきて、門の外から見たところでは―――。
その門の外には、
有一夜叉。長丈余、状極異、立於宇下、以左右手噤其門。
一夜叉有り。長丈余にして状きわめて異、宇下に立ちて左右手を以てその門を噤ず。
一体の夜叉(妖怪)がいたのだ。背丈は3メートル近くもあってたいへん奇妙な姿をして、門の軒下に立って、左右両手でその門を押さえこんでいたのである。
その夜叉、
火吻電眸、不顧左右。従吏見之、倶驚慄四去。
火の吻、電(いなずま)の眸、左右を顧みず。従吏これを見て、倶に驚慄して四去す。
口からは火を噴き、目からは電気がほとばしっていた。回りには注意を払っていなかったが、随従の下級役人たちはこれを見て、みな驚き恐れて、四方に逃げ出してしまった。
しばらくして、
街中輿馬人物稍多、其夜叉方南向而去。行者見之、咸辟易仆地。
街中に輿・馬・人物やや多く、その夜叉まさに南に向かいて去る。行く者これを見、みな辟易して地に仆る。
街の中に車や馬や人が増えてくると、その夜叉はようやくまわりに気づいたようで、すぐに南の方に向かって走り去った。そのとき、通りがかりに夜叉の姿を見た者は、みな耐えられないほどの気分になって地面に倒れてしまった。
やっと門が開いて外に出てきた楊慎矜は、ひとびとからこのことを聞いて、
懼甚。
懼るること甚だし。
たいへん恐怖したのだそうです。
「なんという不吉なことであろうか・・・ぶるぶるぶる」
それから一か月後、予想どおり遂に李林甫のワナにかかり、慎矜のみならず楊氏の兄弟はみなそろって誅殺されたのであった―――。
・・・うわーい、コワいでちゅねえ。
夜叉が?
いえ、兄弟皆殺しのニンゲン社会が。
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唐・張讀「宣室志」巻三より。
こういう、夜叉が押さえ込んでいたかと思えるような「閉塞」が、外交のおかげで一つはずれたような、なんだか心地よい訪問であったように思います。