平成28年5月7日(土)  目次へ  前回に戻る

「出会いがしら」より「確実に来るもの」の方がコワい。

伝え聞くところでは、明後日には確実に平日が来るといいます。どうしよう・・・。

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むかし、「足利家治世の季(すえ)」といいますから戦国ごろのことでありましょうか、

寂室といひける僧あり。

このひとは、

わかきころ大明に渡海し、東帰の後、僧侶帰依せり。

というのですから、海外帰りのインテリとして弟子がたくさんいた。

このひとが、弟子たち一人ひとりに、そっと言うには、

吾に緊要の一訣あり。秘密の事なれども汝に付すべし。

「わしには重要な教えが一条あるのじゃ。秘密のことであるが、おまえに託そうと思う」

そう言われた弟子は、チャイナ渡りの秘密の教えが聞けるのかとドキドキして師の教えを聴くのだったが、寂室和尚、教えていう、

汝、毎日晨(あした)に興(おき)て、まづ手を引きて頭顱(づろ)を摩(なで)、又目をもて袈裟を顧みて、心に念じ口にいふべし。

「吾はこれ釈迦文仏(しゃかもんぶつ)の法孫なり。たとひ命を殞(おと)すとも、比丘の模範(ぼはん)を失はじ」

と是第一の覚悟なりとぞ。

おまえは、毎日朝起きたとき、まずは手であたまを撫でて(禿げ頭であることを確認し)、ついで目で自分の着る袈裟を見て、そして次のコトバを心に思い、口にも出して唱えよ。

「わたしはシャカムニ仏の教えの子孫である。たとえ現世の命を落とすことになったとて、出家者の守るべき戒めを失わないようにするぞするぞするぞするぞ」

と。

これこそ、最初で最大の「覚悟」であるのだ。

↑こんなことを言っていたとは、

寂室異端の徒ながら、いと殊勝なることなり。

寂室和尚は正統である儒学者ではなく、異端の仏教者ではあるが、たいへん殊勝な心がけであった。

それにつけて思い出されるのは、わたしが金沢にいたときに聞いた、あるひとの言葉である。

そのひとは老いた武士であったが、このひとが子弟たちに教えるに、

汝等門外に出る事あらば、家の閫(しきい)を跨ぐ時に、必(かならず)気をつけて、ふたたび家に帰らじと覚悟すべし。

「おまえら、門から外に出ることがあって、家の敷居をまたぐ時には、必ず、「二度と家に帰ることはない(かもしれないのだ)」と確認し、覚悟するべきじゃぞ。

此の覚悟なくば、外にて不慮のことあらん時に、心おくれしなん。

この覚悟をしていないと、外出中に思いもかけぬもしものことがあっ(て命のやりとりをせねばならなくなっ)たときに、覚悟が定まっていないことになってしまうものじゃ」

と言っていたのである。

寂室がいふ所と道は替れども、其(の)意趣は同じことなり。

寂室和尚の言葉と、方向性は少し違うけれども、その趣旨はぴったり同じである。

・・・このあともなお説教が続くのですが、くどいのでここまでにしておきます。

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本朝・室鳩巣「駿台雑話」巻一より。

明後日から連休も終わって月曜日です。すごいコワい。門から外に出たら帰って来ないかも知れないと覚悟しなければならないぐらい世間は厳しいのだそうです。おいらのようなコドモは門から出ない方がいいのカモ・・・。

 

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